佐藤義和
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1971年、東北学院大学法学部法律学科卒業[1]。元青森放送の鈴木伸夫と女優の篠ひろ子は同大学の1年先輩である。
当初は地元である仙台地区の民放に就職を希望していたが、新卒の募集がなかったため上京し、フジテレビの制作系子会社「フジポニー」に、2年間のアルバイトを経て、正社員として入社。
その後フジ制作を経て、1980年に行われた機構改革でフジテレビに転籍。横澤彪の下でディレクターやプロデューサーとして数々のバラエティ番組を手掛ける。『オレたちひょうきん族』では「ひょうきんディレクターズ」の一員として、シングル「ひょうきんパラダイス」をリリースした。1994年7月に演芸担当部長に昇格。その後アーカイブセンター勤務を経て、2005年にフジテレビを早期退職。その後は沖縄県に移住。
2019年12月31日、フリープロデューサーとしての活動をやめ、現役引退宣言をする。
2020年10月28日、肺癌のため死去。72歳没。訃報は死去約1か月後の12月2日にスポーツ各紙等で報じられた[2][3]。
手がけた番組
- ディレクター
- テレビナイトショー
- お昼のゴールデンショー(AD)
- ハイヌーンショー
- 君こそスターだ!
- 爆笑ゴールデンショー(AD)
- リビング11
- 日曜テレビ寄席
- 日本放送演芸大賞
- お笑い大集合 → 大進撃!おもしろ組
- 初詣!爆笑ヒットパレード(1986年は演出名義)
- THE MANZAI(1980年 - 1982年)
- 笑ってる場合ですよ!(木曜担当)
- らくごin六本木
- オレたちひょうきん族(1981年5月 - 1987年9月)
- 森田一義アワー 笑っていいとも!(木曜担当、1982年10月 - 1984年9月)
- タケちゃんの思わず笑ってしまいました(1983年 - 1987年)
- ライオンのいただきます(1984年10月 - 1987年9月)
- 冗談画報(初期)
- テレビくん、どうも!
- FNSスーパースペシャル 一億人のテレビ夢列島(1987年)
- プロデューサー
- 森田一義アワー 笑っていいとも!(2代目、1987年10月 - 1994年9月)
- 笑っていいとも!増刊号
- 笑っていいとも!特大号(1987年 - 1993年)
- 初詣!爆笑ヒットパレード
- 冗談画報(1986年10月 - ) → 冗談画報II
- FNSスーパースペシャル 1億人のテレビ夢列島'88
- 夢で逢えたら
- FNSスーパースペシャル 一億人のテレビ夢列島'89
- カンコンキンシアター TV中継
- ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば!
- ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!
- FNSスーパースペシャル 一億人のテレビ夢列島'90
- ダンス!ダンス!ダンス!(前期)
- ダウンタウンのごっつええ感じ(初代)
- 夢がMORI MORI(初代)
- 平成教育テレビ(コーナー担当プロデューサー)
- 制作・ゼネラルプロデューサー
- ダウンタウンのごっつええ感じ
- 夢がMORI MORI
- とぶくすりZ
- 初詣!爆笑ヒットパレード
- SMAPのがんばりましょう
- SMAP×SMAP
- 新春かくし芸大会(1995年・1997年 - 1999年)
- FNS1億2700万人の27時間テレビ夢列島(1998年・1999年制作指揮、2000年統括ゼネラルプロデューサー)
- ワールドカウントダウンスーパースペシャル 24時間まるごとライブ LOVE LOVE2000〜世界中のこどもたちへ僕らが愛でできること(1999年 - 2000年)
- ザッツエンゲイテイメント
- GSO
- BACK-UP!
- 水10!「ハッピーボーイズ!」
- その他
- 新しい波(企画)
- ザッツお台場エンターテイメント!(1997年、実行委員会)
- FNS ALLSTARS 27時間笑いの夢列島(2001年、スーパーバイザー)
他