春風やなぎ
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春風 柳ないしやなぎ
春風 やなぎ
前身は外国船路の船員。生来、美声の持ち主で独学で修行し評判を得ていた。
- 大正に入り4代目橘家圓蔵の門下で圓若。
- 1918年11月に高砂家鶴亀となる。
- 同年4代目春風亭柳枝の門下で春風亭やなぎに改名。
- 1920年12月に睦会で春風やなぎの名で真打昇進。当時、雷門志ん橋(山崎 角太郎)、雷門三升(増田 毅治)、春風亭梅枝(天野 三郎)、7代目春風亭柳枝(渡辺 金太郎)、9代目司馬龍生(浦島 四郎)、5代目三遊亭圓窓(村田 仙司)を入れた、7人同時真打で話題を呼んだ。
- 1925年正月に江戸家はじめとなるも同年に春風やなぎに復す。
音曲、都都逸、大津絵節等を得意とし真打昇進した辺りからかなりの人気を取ったがその後は下火になった。
- 1934年に引退をしている。
柳家やなぎ
- 柳家やなぎ - 柳家さん喬門下。
出典
- 諸芸懇話会、大阪芸能懇話会共編『古今東西落語家事典』平凡社、ISBN 458212612X
- 古今東西噺家紳士録