普久原恒勇
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1932年(昭和7年)大阪・西淀川で父・朝山、母・カメの間に生まれる。生後間もなく普久原朝喜の養子となる。1934年(昭和9年)弟で後に作詞家となる朝比呂志(本名・普久原朝弘)誕生。1935年(昭和10年)養母鉄子(朝喜の妻)が死去。1938年(昭和13年)実父母の暮らす沖縄へ渡り、越来国民学校に入学。その後、沖縄戦を経験する。1940年(昭和15年)朝喜が赤嶺京子と再婚。
1949年(昭和24年)再び大阪へ戻り、朝喜の経営するマルフクレコードを手伝う傍ら、クラシック音楽を学ぶ[2]。1959年(昭和34年)沖縄へ帰郷。この際、朝喜から引き継いだマルフクレコードの拠点も沖縄に移し、沖縄民謡を主とした音楽プロデュースを始める。1961年(昭和36年)処女作「月眺み(ちちながみ)」を発表し、作曲活動を始める[4]。1965年(昭和40年)RBCラジオの新番組「ホームソング」に参画し、「芭蕉布」を作曲[2]。1968年(昭和43年)「沖縄歌謡詞集団」を結成し、「あたらしい沖縄のうた」運動を推進。
1975年(昭和50年)「沖縄の心をうたう若者たち」LP盤をビクター音楽産業KKより全国発売。1978年(昭和53年)「芭蕉布」がNHK名曲アルバムにて全国放送され、大反響を呼ぶ。1981年(昭和56年)琉球民族楽器を主とした詩曲民族音楽「響(とよむ)」を初演。この年、京子・朝喜が相次いで死去。1983年(昭和58年)琉球放送創立30周年記念「史劇・琉球戦国史」で音楽を担当。
1993年(平成5年)沖縄県文化功労表彰。1996年(平成8年)第18回琉球新報活動賞および島袋光裕芸術文化賞受賞。2000年(平成12年)第44回沖縄タイムス文化賞受賞。2003年(平成15年)第1回宮良長包音楽賞受賞。2007年(平成19年)マルフクレコード初期音源144曲を収録したCD12枚組「沖縄民謡大全集」を監修。同年、弟・朝比呂志死去。2018年(平成30年)キャンパスレコード代表取締役の備瀬善勝(ビセカツ)と共に第5回JASRAC音楽文化賞受賞。
2022年(令和4年)11月1日、沖縄県沖縄市内の自宅で倒れているのが見つかり、病院に搬送されたが、大動脈狭窄症のため死去[2]。89歳没[1]。