普久原淳一
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桐蔭学園で外野手に転向、1学年先輩に由田慎太郎がいた。法大では1番バッターとしてチームを引っ張った。俊足強肩を評価されて2004年のドラフトで12巡目で指名され、入団。
2007年シーズンはオープン戦での安定した守備が認められ、プロ入り初の開幕一軍を勝ち取った。主に代走として出場。しかし打撃が課題で、本来はスイッチヒッターだが2006年からは元来の右打ちに専念した。
2008年からは俊足を活かすために両打ちに戻したが、一軍出場を果たすことはできなかった。同年11月5日に戦力外通告を受け、スコアラーに転身した。
2010年からは二軍サブマネージャー、2012年から2023年は一軍サブマネージャー・マネージャーを務める。
2026年には事業本部・企画営業部主管を務める[2]。