普請中
From Wikipedia, the free encyclopedia
ある雨上がりの夕刻、参事官の渡辺は、築地の西洋料理店に出かける。
店内はまだ普請中で、応接室にまで響きが耳につくが、五時になると職人が帰ってしまって静かである。やがて独逸人の若い女性がやってくる。渡辺がドイツにいた時の愛人で、ロシアのウラジオストクから渡辺に会いに来た。今は情夫のコジンスキイの伴奏で歌を歌っての旅稼ぎである。
渡辺は「これからどうするのだ。」と聞くと「アメリカへ行くの。日本は駄目だって、ウラヂオで聞いてきたのだから、当てにはしなくってよ。」との返事。すると渡辺は日本はまだ普請中で、進んでいないから、アメリカ行きを勧める。
女が接吻を求めて手を差し出しても、渡辺は「ここは日本だ。」とそっけなく答え、やがて給仕の案内で食堂に向かい、差し向かいで食事をする。女はドイツ時代の思い出話を楽しもうとするが、渡辺は話に合わすこともなく終始冷淡な態度で接し、最後にはシャンパンのグラスをあげて「Kosinski soll leben!」と乾杯した。女も「凝り固まったやうな微笑」を見せて無言でグラスを上げたあと、寂しく銀座通りを馬車で去って行った。