普門寺 (掛川市)
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位置
北緯34度41分36.6秒 東経137度59分10.1秒 / 北緯34.693500度 東経137.986139度座標: 北緯34度41分36.6秒 東経137度59分10.1秒 / 北緯34.693500度 東経137.986139度
山号
千手山
宗派
天台宗
| 普門寺 | |
|---|---|
|
本尊を祀る観音堂 (2025年12月31日撮影) | |
| 所在地 | 静岡県掛川市西大渕6429番地 |
| 位置 | 北緯34度41分36.6秒 東経137度59分10.1秒 / 北緯34.693500度 東経137.986139度座標: 北緯34度41分36.6秒 東経137度59分10.1秒 / 北緯34.693500度 東経137.986139度 |
| 山号 | 千手山 |
| 宗派 | 天台宗 |
| 本尊 | 聖観音(聖観世音菩薩) |
| 創建年 | 伝・704年(慶雲1年) |
| 開山 | 伝・行基 |
| 開基 | 伝・文武天皇 |
| 正式名 | 千手山普門寺 |
| 札所等 |
遠州三十三観音霊場12番[1] 遠江三十三観音霊場番外5 |
| 法人番号 | 9080405004786 |


寺伝によれば、慶雲元年(704年)文武天皇の勅命により、行基が千手の峰に立てたのがこの寺の始めであるという。法相宗として13代まで続いたが、天台宗となったのは14代の時からである。
その後、治承元年(1177年)平重盛が高倉天皇の病気平癒[1]と海上安全、船中無難を祈って寺の場所を現在地に移し、諸堂を再建すると共に、最澄(伝教大師)の作という聖観世音菩薩を安置した。戦国時代に兵乱に遇って諸堂すべて焼失し、衆徒多くは乱を避けて所々へ逃れ、寺に残る者はなかった。
しかし、1574年(天正2年(1574年)豪憲が帰山し、衆徒を招集し門前には百姓など呼び集め住まわせた。続いて初代横須賀城主大須賀康高により諸堂が再建されたので普門寺は元の姿を取り戻した。寺領も徳川氏より朱印高37石を贈られ朱印寺となった。隣接した所に、寺の守り神として八所神社がある。普門寺は近郷にない古い歴史をもつ寺である。
境内



- 観音堂
- 境内には観音堂が建てられている。普門寺の本尊である聖観世音菩薩が祀られている[1][3]。この像は最澄の手によるものとされ[3]、平重盛が比叡山から勧請したと伝えられている[3]。また、脇侍の像も2体祀られている[3]。ただし、これらの像はいずれも秘仏とされているため[3]、御前立として千手観音の像が祀られている[3]。
