景山春樹

From Wikipedia, the free encyclopedia

死没 1985年7月22日(1985-07-22)(69歳没)
日本の旗 日本滋賀県
出身校 國學院大学
研究分野 日本美術史
景山 春樹
人物情報
生誕 (1916-01-09) 1916年1月9日
日本の旗 日本滋賀県大津市
死没 1985年7月22日(1985-07-22)(69歳没)
日本の旗 日本滋賀県
出身校 國學院大学
学問
研究分野 日本美術史
研究機関 京都国立博物館帝塚山大学
テンプレートを表示

景山 春樹(かげやまはるき、1916年1月9日[1]1985年7月22日[2][3])は、日本の神道仏教美術学者。

委員・役員ほか

出生から修学期

1916年、滋賀県大津市で生まれた[3]。景山家は比叡山公人の家系であった。國學院大学文学部国史学科で学び、1939年に卒業[3]

日本美術研究者として

1939年5月、京都市教育局学務課に入職[3]。1941年1月、恩賜京都博物館鑑査員となった。1944年に応召し、1946年に復員

1947年に文部技官となり、京都国立博物館考古室長兼普及室長を務めた。1964年、学位論文『神道美術の研究』を國學院大學に提出して文学博士の学位を取得[1][4]。1970年に京都国立博物館学芸課長となり、1976年に退官[3]

1976年4月からは帝塚山大学教授として教鞭をとった[3]。1977年より木下美術館長を兼ねた[3]

1985年、滋賀県で死去。死去と同時に正五位に叙せられた[5]

  • 滋賀県文化財保護協会理事(1957-1976)
  • 大津市文化財専門委員(1963-)

受賞・栄典

  • 1985年:正五位

研究内容・業績

専門は日本美術史で、神道に関連する美術資料の調査を進め、仏教文化史に対して神道美術史という新たな領域を開いた。京都国立博物館に長く勤務し、関西を中心に文化財行政にも貢献した。

著作

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI