村山修一

From Wikipedia, the free encyclopedia

村山 修一(むらやま しゅういち、1914年5月30日[1]- 2010年4月16日)は、日本歴史学者文学博士京都大学・1961年)(学位論文「日本中世都市生活の研究:特に中世京都の都市生活における社会と宗教との関係を顧慮しての」)。大阪女子大学名誉教授。皇族が歴代門主を務めた妙法院に残る膨大な文献史料類の翻刻に尽力し、『妙法院日次記』として刊行された。方広寺京の大仏)は、江戸時代に妙法院の管理下にあったことから、それについての研究も行った。1987年勲三等旭日中綬章受章。

大阪市生まれ。1937年京都帝国大学文学部史学科卒業[2]1961年、「日本中世都市生活の研究:特に中世京都の都市生活における社会と宗教との関係を顧慮しての」で京都大学より文学博士の学位を取得[3]京都女子大学助教授、1955年、大阪女子大学助教授、教授、1978年、定年退官、名誉教授。愛知学院大学教授。1987年勲三等旭日中綬章を受章。中学時代に国語の教師による柳田国男の『蝸牛考』の解説に接したことがきっかけとなり、民衆思想史・庶民信仰史の研究に向かう[4]。日本中世の寺院・神社を研究した。ほかの研究もおこなった。2010年4月16日死去。享年96。

著書

共著編

参考文献

脚注

Related Articles

Wikiwand AI