景教経典

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景教経典(けいきょうけいてん)は、代に漢文で書かれた景教キリスト教ネストリウス派)の文書を指す。単に景典とも呼ぶ。20世紀前半以降に発見された。

中国語(漢文)に翻訳されたキリスト教文献として現存最古のものである。

大秦景教流行中国碑によると、西暦635年阿羅本が景教の経典を持って長安にいたり、布教を許されて大秦寺を建て、経典を翻訳したという。また後述の「尊経」によると、経典は530種があったが、そのうちの30種を後に景浄(アダム、大秦景教流行中国碑の撰述者)が翻訳したという。

「翻訳」とされるが、漢訳される元の文章は同定されていない。実際には翻訳とは考えがたい書物も多く、中国で作られ、権威づけのために翻訳とされたものもあったと考えられる。

景教経典の漢文は特殊な点が多く、充分な解読が行われていない。しばしば仏教用語を流用している(仏・世尊・阿羅漢・慈恩・苦界・悪道・一切衆生・因縁・善根・果報・布施・功徳・劫など)。また天使を「飛仙」とするような道教的な要素も見られる。

漢訳された景教文書はその多くが20世紀前半に発見され、ポール・ペリオ羽田亨佐伯好郎らが研究した。敦煌文献とされることが多いが、大部分の文書の実際の出処ははっきりしない。羽田亨旧蔵の経典は、現在は武田科学振興財団杏雨書屋が所蔵している。

大正新脩大蔵経』は外教部に「序聴迷詩所経」(2142)「景教三威蒙度讚・尊経」(2143)を収める。

現存する文書

脚注

参考文献

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