暫定指導評議会
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暫定指導評議会(ざんていしどうひょうぎかい、ペルシア語: شورای انتقالی رهبری、英語: Interim Leadership Council[注釈 2])は、アリー・ハーメネイーの死後、8日間存在したイラン・イスラム共和国の国家臨時機関。一時的に同国の事実上の国家元首として、国政を担った。
暫定指導評議会 شورای انتقالی رهبری | |
|---|---|
| 状態 | 国家元首 (事実上) 暫定政権 |
| 任命 | 公益判別会議[注釈 1] |
| 任期 | 新たな最高指導者が任命されるまで |
| 根拠法令 | イラン・イスラム共和国憲法第111条 |
| 前身 | アリー・ハーメネイー(最高指導者) |
| 創設 | 2026年3月1日 |
| 廃止 | 2026年3月8日 |
| 後身 | モジュタバー・ハーメネイー(最高指導者) |
概要
本評議会は、最高指導者が欠員となった際、新たな最高指導者が選出・任命されるまでの間、その職務を一時的に代行した。最高指導者が空位の間、イランにおける最高位の機関となった[2]。
2026年3月1日、アリー・ハーメネイーの死を受けて設立された。評議会は、大統領のマスウード・ペゼシュキヤーン、司法権首長のゴラームホセイン・モフセニー・エジェイー、およびアリーレザー・アラーフィーの3名で構成されていた[1][3]。
評議会の構成
最高指導者が空位だった期間、一部の資料では評議会メンバーを「最高指導者代行」または「暫定最高指導者」と呼んでいた[4][5]。アリーレザー・アラーフィーは他のメンバーとは異なり、評議会の聖職者代表としての役割を担っていたため、アリーレザー・アラーフィーが暫定指導評議会の議長に就任するのではないかという憶測も呼んだ[6][7]。
背景
憲法第111条
イラン・イスラム共和国憲法第111条には以下のように規定されている[8][9]。
アリー・ハーメネイーの死去
アリー・ハーメネイーの死去に伴い、暫定指導評議会が設置された[1]。3月8日、モジュタバー・ハーメネイーが後継の指導者に選出されたことを受け、暫定指導評議会は解散した[10]。
暫定指導評議会の構成員
| 氏名 | 写真 | 役職 | 政党 | 派閥 | 参照 |
|---|---|---|---|---|---|
| マスウード・ペゼシュキヤーン (1954年生まれ) |
イランの大統領(2024年就任) | 無所属 | 改革派 | [1][3] | |
| ゴラームホセイン・モフセニー・エジェイー (1956年生まれ) |
司法府長官(2021年~) | コム・セミナリー講師団 | 保守派 | [1][3] | |
| アリーレザー・アラーフィー (1959年頃生まれ) |
無所属 | [3][6] |
国際的な分析
アリー・ハーメネイーの死は長らく予想されており、死後に政権の不安定化を招くと推測されていたが、イラン軍部における政権への支持率低下と後継者の座を争う様々な候補者の存在によって、混乱の長期化は免れないとされた[11]。抗議活動の暴力的な鎮圧で数千人が死亡したことや、イラン国民が熱心に待望してきたとされるイスラエルとアメリカの攻撃、そしてアリー・ハーメネイーの死の祝賀行事が拡大したことで政権は弱体化することも推測された。ブルッキングス研究所の副所長を務めるスザンヌ・マロニーは後継者の選出は短期的に行われ、状況によって決定されるのではないかと述べていたが、専門家が「円滑に選出されることはほぼ不可能」と警告したため、マロニーは暫定指導評議会が恒久的な国政運営を行うことを期待していた[11]。
関連項目
- 2026年のイラン
- 指導者評議会 (アフガニスタン)
- 最高政治評議会(イエメン・フーシ派)
- 暫定主権評議会(スーダン)
- ボスニア・ヘルツェゴビナの大統領評議会
- 中国共産党中央政治局常務委員会
- 朝鮮労働党中央委員会政治局常務委員会
- 連邦参事会