アリー・ハーメネイーの暗殺
イスラエルまたはアメリカ合衆国による2026年2月28日の故意の殺害
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アリー・ハーメネイーの暗殺(アリー・ハーメネイーのあんさつ)は、2026年2月28日にイラン・イスラム共和国の首都・テヘランにて、アメリカ軍とイスラエル軍による攻撃よって、イラン・イスラム共和国最高指導者たるアリー・ハーメネイーが暗殺された事件である。
| アリー・ハーメネイー暗殺事件 | |
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2026年2月12日の ハメネイ師 | |
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| 場所 |
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| 座標 | |
| 標的 | アリー・ハーメネイー |
| 日付 | 2026年2月28日 |
| 攻撃手段 | 空爆 |
| 死亡者 |
アリー・ハーメネイー ハーメネイーの親族 イラン政府高官数十人 |
| 負傷者 | モジタバ・ハーメネイーなど |
| 影響 |
・イラン政府が40日間を服喪期間に指定 ・暫定指導評議会の設置 ・モジタバ・ハーメネイーが第3代最高指導者に選出 |
前史
ハーメネイーが攻撃の対象となった初めての事案は、イラン・イスラム共和国大統領就任前の1981年6月27日に宗教説話を開いている最中に反政府勢力の爆弾テロ攻撃に遭遇し、声帯や右腕などに損傷を負った事件[注 1]であるとされる[1]。
米当局者の話によれば、12日間戦争の最中の2025年6月に、イスラエルがハーメネイー暗殺を計画し、アメリカ側に作戦の実行許可を求めたと言われたが、この時点ではアメリカ合衆国大統領のドナルド・トランプが反対したため、実行には移されなかったと言われている[2][3]。
事態が動き出したのは、2025年クリスマスの翌週、トランプ米大統領の別邸であるフロリダ州の「マー・ア・ラゴ」で行われたトランプとイスラエル首相のベンヤミン・ネタニヤフ両者による首脳会談だった。ネタニヤフは昨年6月に行った濃縮施設3か所の攻撃後、イランが弾道ミサイル計画を前進させ、核開発の再開に着手した旨をトランプに伝えた。この会談で、トランプはイラン国内のミサイル施設を排除するためのイスラエルの新たな軍事活動の支持を表明した[4]。
この後、再度のイラン攻撃に向けて、アメリカの中央情報局(CIA)とイスラエルの諜報特務庁(モサド)の両国情報機関が共同でハーメネイー暗殺に向けた調査を開始した。数カ月にわたりハーメネイーの動向をひそかに監視し、行動パターンを割り出した[5][4]。更にハーメネイーと同じ場所に会することはまずない、他のイランの政治指導者や軍高官らの動向も追跡した[4]。
イスラエル軍当局者によれば「イスラエルは主要な敵対勢力の指導者全員を何らかの形で常時監視している」といい、これまでもイランの軍幹部や核関係者を定期的に暗殺することで、自国の情報機関の優位性をイランに再三見せつけ、イランの動きをけん制してきた。しかし最高指導者暗殺の機会を見つけるのは、そのイスラエルですら容易ではなかったという[4]。
しかし、やがてCIAやモサドは、最高指導者ハーメネイーを含むイラン政府・軍の高官らが2月28日午前に首都テヘランに所在する最高指導者事務所[注 2]の敷地内の別々の場所で会合が行われることを掴んだ[4]。
- 襲撃前の最高指導者事務所上空
空爆作戦の実行
2026年2月28日、イスラエル時間午前6時頃、ハーメネイーの執務所を備えた自宅のある敷地にイスラエル軍機が空爆を行った。この攻撃は米軍とイスラエル軍の共同イラン攻撃の最初の空爆だった[4][6][7]。情報筋によると、イスラエル軍機は高精度弾薬と長距離ミサイルを装備しており、イランの指導者らがいた3つの建物に同時攻撃を加えたという[4]。
この攻撃で邸宅は破壊されハーメネイーは死亡。またアジーズ・ナシールザーデ国防軍需相、安全保障担当顧問アリ・シャムハニ、革命防衛隊司令官モハンマド・パクプールら、その場にいたハーメネイーの最側近ら、さらに妻や当時1歳2ヶ月だった孫らも死亡した。また、ハーメネイーの息子でのちに第3代イラン最高指導者となるモジタバ・ハーメネイーも負傷した[注 3]。アメリカが軍事力を中東に結集させていて、いつ開戦してもおかしくないこの時期に、なぜわざわざイラン側が軍最高幹部たちを同じ場所に集めていたのかは不明である[4][8]。
イスラエル当局は攻撃を終えた後、最高指導者事務所の攻撃成果に関する衛星画像を公開した[6]。
反応
イスラエル当局は最高指導者事務所攻撃の後にハーメネイーの遺体を発見し、本人が死亡したと確認する資料を直ちにベンヤミン・ネタニヤフ首相に提示した[9]。ネタニヤフ首相は、2月28日午後に出した声明の中で、ハーメネイーのテヘランの拠点を攻撃したと明らかにした上で、ハーメネイーが死亡したことを示す兆候が強まっていると述べた。トランプ大統領もNBCとのインタビューで、「ハーメネイーは死亡したとみている」とし、それについて確証があるのか質問されると「実際に確認するまでは断定的なことは言いたくないが、我々はそう考えている。イラン指導部の多くは消えた」と答えた[10]。
さらにその後、トランプ米大統領は、2月28日(日本時間3月1日朝)に自身のソーシャルメディアにおいて次のように宣言した[11][12]。
- 歴史上もっとも邪悪な人物の一人であるハーメネイーが死んだ。これはイランの人々にとってだけでなく、ハーメネイーとその血に飢えた凶悪な暴徒どもに殺され、ズタズタにされてきた、すべての偉大なアメリカ人、そして世界の多くの国々の人々にとっても、正義である。(略)これはイラン国民が自分たちの国を取り戻すための史上最大のチャンスである。我々はイラン革命防衛隊や軍、その他の治安・警察部隊の多くが、もはや戦う意思がなく、我々に免責を求めていると聞いている。私が昨晩に言ったように、『今なら免責が得られるが、後になれば死ぬだけだ!』。革命防衛隊と警察が平和的にイラン愛国者たちと合流し、国を本来あるべき偉大さに戻すために、一つのユニットとして協力してくれることを望む。そのプロセスはすぐに始まるはずだ。というのも、ハーメネイーが死んだだけでなく、この国そのものがたった一日で徹底的に破壊され、ほぼ消滅してしまっているからだ。とはいえ精密かつ激しい爆撃は今週いっぱい、あるいは中東全域、そして世界全体の平和という我々の目的が達成されるまで必要な限り、途切れることなく続くだろう!
イラン当局は最高指導者であるハーメネイーが死亡したことを当初は認めなかったが、28日夜にその死亡を発表した[13]。そしてイラン政府当局はハーメネイーの死を悼むため、国民に向けて40日間の服喪期間を設けたことを公告した[14]。
3月1日早朝の放送においてイラン国営放送IRIBのキャスターは「神は偉大なり」を繰り返した後、「イスラム革命の最高指導者ハーメネイー師が、米国とシオニスト政権の共同犯罪攻撃によって殉教したという事実を、イラン国民に深い悲しみの中でお伝えする」「甘美で純粋な殉教の杯を飲み、至高の天の王国へと旅立った」「イラン・イスラム共和国の軍隊の歴史において最も壊滅的な攻撃作戦が、占領地域とテロリスト・アメリカの基地に対してまもなく始まる」と表明。途中キャスターは言葉を詰まらせたり、額に手を当てて嗚咽したりしていた。また映像には放送スタッフとみられる人々がすすり泣く声も収められていた[15][16]。
国営メディアからハーメネイー死亡の発表があると、イラン国内では追悼のために大勢の人が集まる一方、街角で歓喜の声を挙げる人たちもいた。イラン・イスラム共和国の建国者である初代最高指導者のルーホッラー・ホメイニーの記念碑を倒す者もあった[17]。ニューヨークポストによれば、ハーメネイー暗殺についてトランプ大統領に謝意を表すため『トランプ・ダンス』を踊っているイラン人もあったという[18]。
殺害後
2026年3月1日、ハーメネイー暗殺の翌日にイラン・イスラム共和国憲法第111条に基づき、イラン大統領のマスウード・ペゼシュキヤーン、司法府長官のゴラームホセイン・モフセニー・エジェイー、専門家会議第二副議長のアリーレザー・アラーフィーで構成される暫定指導評議会が設置され、最高指導者が選出されるまで事実上の国家元首として、国政を担うこととなった[19]。3月8日、専門家会議がハーメネイーの息子であるモジタバ・ハーメネイーを第3代最高指導者に選出した[20]。
イラン当局は当初、3月上旬に葬儀を執り行う予定であったが戦闘継続の影響で断念。ヒジュラ暦最初の月にあたる6月初旬を目指したがこれも断念し[21]、最終的にはテヘランにて7月4・5日に告別式が、6日に葬儀が国葬で執り行われることとなり、この3日間はテヘラン州における休日とされた。その後、7月7日にはシーア派信仰の中心地のゴムで追悼式が執り行われ、遺体は9日に故郷マシュハドに埋葬された。[22]。
