曹鼎

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曹 鼎[1](そう てい、生没年不詳)は、中国後漢末の人物。景節[2]曹操らの曹氏の一族で、曹萌の子。宦官曹騰の弟(『後漢書』党錮列伝)[3]

河間国の時、冀州刺史蔡衍中国語版が、曹鼎が汚職をしていると弾劾した。

その時に曹鼎の兄である中常侍の曹騰は、当時の大将軍梁冀に曹鼎を助けるよう蔡衍へ手紙を書かせたが、蔡衍はそれに答えず、曹鼎を逮捕し投獄した(『後漢書』党錮列伝)。

曹洪の伯父にあたる曹鼎とすれば位は尚書令まで昇った[4]。また『後漢書』注に引く宋貴人を皇后に立てる上表に見える「(尚書)僕射・臣鼎」を、渡邉義浩は曹鼎と比定している[5]

脚注

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