懿敬世子と世子嬪韓氏(後の昭恵王后、仁粋大妃)の長男として誕生する。叔父にあたる第8代国王睿宗が若くして崩御すると、跡継ぎを誰にするのか議論が起こった。本来ならば睿宗の子である斉安大君が継ぐはずだが、幼かったため除外された。また彼自身も王位継承者の資格があったが、病弱であることを理由に除外され実弟の乽山君(成宗)が即位した。実は、これは成宗の正妃、恭恵王后が権力者の韓明澮の娘であったことも大きかった。しかし、これに対して不満を一切表さず、成宗とも良好な兄弟関係を保った。
本をよく読み、また文章力に優れ、詩作を好んだという。1488年に死去。享年34歳。