有吉城
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発掘調査の結果
有吉城は、おゆみ野有吉の「字西側」に所在したと伝わる。現在の千葉県の埋蔵文化財包蔵地地図では、千葉市立扇田小学校東側から有吉公園とその北側の住宅地にかけての南北約400メートル×東西約600メートルの範囲が「有吉城跡」として設定されている[2]。
しかし、当遺跡がニュータウンとして大開発されるにあたり、1984年(昭和59年)から1997年(平成9年)にかけて行われた大規模発掘調査では、縄文時代から平安時代までの集落や古墳時代の古墳など様々な時代の遺構見つかったが、中世の城跡を示す遺構が何ら発見されなかった。このため、調査を行った千葉県文化財センターは同地は有吉城ではないとし、何故、有吉城跡として伝承されたのかは不明と結論付けた[3]。また、西隣にある「城ノ台遺跡」からは、小規模な土塁や空堀、虎口が検出され、名の示すように城郭遺跡である事が確認されたが、軍記物などに見える有吉城の規模には及ばないため、こちらも有吉城とは言えないとされている[3][4]。

