服部利之

日本の競馬調教師 From Wikipedia, the free encyclopedia

服部 利之(はっとり としゆき、1958年6月12日 - 2023年7月28日)は、 日本中央競馬会(JRA)・栗東トレーニングセンターに所属していた調教師。父は服部正利元調教師。

国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1958-06-12) 1958年6月12日
死没 (2023-07-28) 2023年7月28日(65歳没)
概要 服部利之, 基本情報 ...
服部利之
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 京都府京都市伏見区
生年月日 (1958-06-12) 1958年6月12日
死没 (2023-07-28) 2023年7月28日(65歳没)
所属団体 JRA
初免許年 1998年(1999年開業)
引退日 2023年7月28日(死去)
経歴
所属 服部正利/厩務員(1984.7 - 1984.10)
服部正利/調教助手(1984.11 - 1988.9)
目野哲也/調教助手(1988.10 - 開業)
栗東T.C.(開業 - 2023.7)
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来歴

  • 1984年7月、父・服部正利厩舎厩務員となり、11月からは調教助手となる。
  • 1988年10月、目野哲也厩舎の調教助手となる。
  • 1998年、調教師免許を取得。
  • 1999年3月1日、厩舎を開業。初出走は3月6日、ツルミワールドで3着。4月4日、エイユースナイパーが勝利し、のべ13頭目で初勝利となった。
  • 2000年、第36回小倉記念をミッキーダンスが制しJRA重賞初勝利を挙げる。父も1975年に制しており、同レース父子制覇となった。
  • 2005年11月3日、第5回JBCスプリントブルーコンコルドが制しGI初勝利を挙げる[1]
  • 2010年4月10日、阪神9Rでニホンピロレガーロが勝利して、JRA通算100勝を達成した[2]
  • 2021年10月31日、阪神12Rでシゲルホサヤクが勝利して、JRA通算200勝を達成した[3]
  • 2023年7月28日、病気のため死去[4]65歳没。死去に伴い、翌29日付で同厩舎の所属馬26頭は馬房の臨時貸付(20馬房)を受けた大橋勇樹厩舎に転厩となった[5]

調教師成績

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日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
初出走1999年3月9日2回中山3日11RサンシャインSツルミワールド16頭153着
初勝利1999年4月4日2回阪神4日7R5歳上500万下エイユースナイパー9頭21着
重賞初出走1999年7月4日1回函館8日11R函館記念ツルミワールド16頭1512着
重賞初勝利2000年8月13日3回小倉2日11R小倉記念ミッキーダンス14頭31着
GI初出走2000年10月29日5回東京8日11R天皇賞(秋)ミッキーダンス16頭1013着
GI級初勝利2005年11月3日15回名古屋4日10RJBCスプリントブルーコンコルド12頭11着
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主な管理馬

脚注

関連項目

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