望月拓郎
日本の数学者
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望月 拓郎(もちづき たくろう、1972年〈昭和47年〉8月28日 - )は、日本の数学者。京都大学数理解析研究所教授。学位は博士(理学)。
京都大学理学部中退(大学院へ飛び入学の為)。同大学にて学位取得。大阪市立大学理学部助手、京都大学大学院理学研究科助教授、京都大学大学院理学研究科准教授、京都大学数理解析研究所准教授などを歴任した。
概要
来歴
生い立ち
1972年(昭和47年)生まれ[1][3]、長野県長野市出身[2]。長野県長野高等学校を卒業後、京都大学に進学[1]。理学部にて学んでいたが[1]、在学中にトポロジーの本を読み[3]、「計算で答えを出す高校までの数学からガラッと変わった」[3]と述懐している。大学院の理学研究科に飛び入学で進学するため、1994年(平成6年)に理学部を中途退学[1]。1996年(平成8年)に京都大学の大学院における修士課程を修了し[1]、修士(理学)の学位を取得した。大学院在学中に「Gromov-Witten class and a perturbation theory in algebraic geometry」[4]と題した博士論文を執筆、1999年(平成11年)に京都大学の大学院における博士課程を修了し[1][3]、博士(理学)の学位を取得した(甲博士)[1][4][5]。
数学者として
大学院修了後、大阪市立大学に採用され[1][3]、1999年(平成11年)に理学部の助手として着任した[1]。2004年(平成16年)、母校である京都大学に転じ[1][3]、大学院の理学研究科にて助教授に就任した[1]。なお、2007年(平成19年)学校教育法改正により職位が助教授から准教授となった[1]。2008年(平成20年)、本務が理学研究科から数理解析研究所となり[1][3]、そちらでも准教授に就任した[1][3]。2012年(平成24年)、京都大学の数理解析研究所にて教授に昇任した[3]。その傍ら、他の教育・研究機関でも教鞭を執った。オーバーヴォルファッハ数学研究所においては、サイモンズ客員教授を兼任した[6]。
研究

専門は数学であり、特に微分幾何学や代数幾何学といった分野の研究に従事した[1]。当初、数学のさまざまな分野に関心を持っており[3]、大阪市立大学に勤務する頃までは研究テーマがなかなか定まらなかった[3]。のちに同値性を主要な研究テーマとし[3]、調和バンドルとツイスターD加群の研究などで知られるようになった[3]。幾何と解析の観点から調和バンドルを研究し[3]、代数と解析の観点からツイスターD加群の研究に取り組んだ[3]。柏原正樹が1996年(平成8年)に提唱し「半世紀は解けない」[3]と言われていた「柏原予想」に取り組み[3]、2011年(平成23年)に発表した論文にて柏原予想の証明に成功した[3]。2014年(平成26年)には国際数学者会議にて全体講演を行った[3][7]。
これまでの業績に対し、多くの賞が授与されている。2006年(平成18年)には、「Harmonic bundleの漸近挙動」[8]に対して日本数学会より春季賞が授与された[8]。2008年(平成20年)には、「ツイスターD-加群と半単純偏屈層の研究」[9][† 1]に対して湯川・朝永奨励賞が授与された[9]。「調和バンドルの漸近挙動の研究」[10][11]に対しては、2010年(平成22年)3月1日に日本学術振興会より日本学術振興会賞が授与されるとともに[10][12]、同日に日本学士院からも日本学士院学術奨励賞が授与された[11]。2011年(平成23年)6月20日には、「純ツイスターD-加群の研究」[2][† 1]に対して日本学士院賞が授与された[13]。2012年(平成24年)には、「調和バンドルと純ツイスターD-加群の研究」[14][† 1]に対して、大阪科学賞が授与されている[14]。2021年(令和3年)には、「調和バンドルとツイスターD加群の研究」[15][16][† 2]に対して朝日賞が授与されている[15][16]。2022年に東洋人で初めて数学ブレイクスルー賞を受賞[17][18][19][20]。

