元々はこの地高原郷の祖神の高良明神を祀る神社であったが、八幡宮を祀ったことにより主祭神は応神天皇となっている。
延暦十五年(796年)、高原郷の祖神の高良明神を祀る神社として創建。
平治年間、平治の乱で飛騨国へ逃げ延びたさい、この地域に隠れる。このさいに宇佐八幡宮の八幡神を勧請。八幡神を主祭神、高良明神を相殿神とする。その後廃れたが延徳年間に再興。
明治中期に朝浦八幡宮に改称。戦後、岐阜県神社庁より銀幣社の指定を受ける。1952年(昭和27年)に愛宕神社を合祀する。
現在の社殿は江戸から明治にかけて活躍した石田春皐[注釈 1]によるものである。