朝鮮軍人
From Wikipedia, the free encyclopedia
1907年(明治40年)に日本と韓国との間で締結された第三次日韓協約により、大部分が解散していた大韓帝国軍であったが、1910年(明治43年)の日韓併合時にも、なお相当数の在職中の韓国軍人が存在していた。これらの朝鮮総督府設置の際に身分を有していた旧韓国軍人は日本の一般の陸軍軍人に準じた扱いがされ、在職中の者は駐箚軍司令部附又は駐箚憲兵司令部附とされた(「旧韓国軍人ニ関スル件」(明治43年勅令第323号))。もっとも、「旧韓国軍人ニ関スル件」は暫定的な扱いを定めていたに過ぎなかったことから、翌年に「朝鮮軍人ニ関スル件」が制定され、1946年(昭和21年)の復員庁令第3号により同令が廃止されるまで、同令に基づき「朝鮮軍人」の身分が存在した。 また「朝鮮軍人二関スル件」(明治44年勅令36号第3条)には朝鮮軍人の軍衣の襟には上に一本、下には左右に一本ずつの突起が飛び出した記章が制定された。https://dl.ndl.go.jp/pid/2951685/1/1
1920年(大正9年)「朝鮮軍人ヲ陸軍将校同相当官ニ任用等ニ関スル件」(大正9年勅令第118号)の制定で、朝鮮軍人のうち将校・同相当官が一般の陸軍将校・同相当官に自動的に任ぜられることとなり[1]、下士卒のみが朝鮮軍人ということになった。
朝鮮軍人は、朝鮮人たる陸軍軍人とは異なり、韓国併合当時に1909年(明治42年)に廃止された軍部の後身である親衛府をはじめ侍従武官府、近衛歩兵隊(韓国併合後の朝鮮歩兵隊)、近衛騎兵隊(韓国併合後の朝鮮騎兵隊)などに在籍していた旧韓国軍人が旧大韓帝国陸軍時代の階級を保有し、異なった取り扱いを受ける特別な軍人である。主に、王公族附武官・朝鮮歩兵隊・朝鮮騎兵隊などに充てられた。朝鮮人たる陸軍軍人として有名な李王垠中将や洪思翊中将などは朝鮮軍人ではなかった。
具体的な人数
階級
| 朝鮮軍人 | 一般の陸軍軍人 | |
|---|---|---|
| 将校 | なし | 陸軍大将 |
| 陸軍副将 | 陸軍中将 | |
| 陸軍参将 | 陸軍少将 | |
| 陸軍○○正領 | 陸軍○○大佐 | |
| 陸軍○○副領 | 陸軍○○中佐 | |
| 陸軍○○参領 | 陸軍○○少佐 | |
| 陸軍○○正尉 | 陸軍○○大尉 | |
| 陸軍○○副尉 | 陸軍○○中尉 | |
| 陸軍○○参尉 | 陸軍○○少尉 | |
| 下士 | 陸軍○○特務正校 | 陸軍○○特務曹長 |
| 陸軍○○正校 | 陸軍○○曹長 | |
| 陸軍○○副校 | 陸軍○○軍曹 | |
| 陸軍○○参校 | 陸軍○○伍長 | |
| 兵卒 | 陸軍○○上等兵 | 陸軍○○上等兵 |
| 陸軍○○一等卒 | 陸軍○○一等卒 | |
| 陸軍○○二等卒 | 陸軍○○二等卒 |
○○には、将校は歩兵・騎兵・砲兵・工兵が、下士卒では歩兵・騎兵が入る。将校相当官等についても別途定めがある。朝鮮軍人ニ関スル件制定時の相当表。