木下敏之
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| 木下 敏之 きのした としゆき | |
|---|---|
| 生年月日 | 1960年2月12日(66歳) |
| 出生地 |
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| 出身校 | 東京大学法学部第2類[1] |
| 前職 | 国家公務員(農林水産省) |
| 現職 | 大学教授 |
| 所属政党 |
(無所属→) 参政党 |
| 称号 | 法学士(東京大学・1984年) |
| 公式サイト | 木下としゆき |
| 選挙区 | 比例九州ブロック(福岡県第2区) |
| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 2026年2月13日[2] - 現職 |
| 当選回数 | 2回 |
| 在任期間 | 1999年 - 2005年 |
| 木下敏之 | |
|---|---|
| YouTube | |
| チャンネル | |
| 活動期間 | 2024年- |
| 登録者数 |
5.5万人 (2024/06/14) |
| 総再生回数 | 16,664,018回 |
| チャンネル登録者数・総再生回数は 2025年10月13日時点。時点。 | |
木下 敏之(きのした としゆき、1960年〈昭和35年〉2月12日[3] - )は、日本の政治家、農林水産官僚。参政党所属の衆議院議員(1期)。
東京大学法学部卒業[4]。佐賀市長を2期務め、福岡大学経済学部産業経済学科教授などを歴任した。2025年3月に福岡大学を定年退職し、現在は同大学の非常勤講師として「九州経済論」と「情報社会と経済」を担当している。
前歴
佐賀市生まれ。母方の叔父2人が陸軍少佐(日華事変で戦死)と学徒動員(ミャンマーで戦死)で、父も陸軍士官学校の軍人だった[5]。
佐賀大学教育学部附属小学校、ラ・サール中学校・高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業[1]。1984年(昭和59年)、農林水産省に入省した。島根県那賀郡三隅町や水産庁漁場保全課・漁政課への出向を経て、1991年(平成3年)より農林水産省大臣官房総務課環境対策室課長補佐。1993年(平成5年)より環境庁水質保全局水質管理課、1994年(平成6年)より栃木県農務部農業経済課長へそれぞれ出向。1997年(平成9年)から農林水産省農林水産技術会議総務課総括課長補佐を務め、同職を最後に退官。
佐賀市長
1999年(平成11年)、佐賀市長選挙に無所属(民主党・社民党推薦)で立候補し、全国の県庁所在地の市長の中では最年少の39歳で初当選を果たした[6]。2003年(平成15年)、佐賀市長再選。2005年(平成17年)、佐賀市・佐賀郡諸富町・大和町・富士町・神埼郡三瀬村の合併に伴う新・佐賀市の市長選に出馬したが、元・佐賀市職員の秀島敏行に約4,000票差で敗れ、落選した。
市長退任後
2008年(平成20年)6月、官僚国家日本を変える元官僚の会の立ち上げに参加し、同会幹事に就任。2009年(平成21年)、事業仕分け第1弾第2ワーキンググループに民間有識者の立場で参加し、翌2010年(平成22年)の事業仕分け第2弾ワーキンググループBにも引き続き参加した。
同年、福岡市長選挙に無所属で立候補したが、元アナウンサーの高島宗一郎(当選)、現職の吉田宏福岡市長に続き、得票数3位で落選した。
福岡大学での活動
2012年4月、福岡大学経済学部産業経済学科教授に着任した。
福岡市民の一人当たり所得が30年間増えていない問題、福岡市が九州の274市町村中で出生率が最低という問題、福岡市の基幹産業である卸売業の売り上げが2割低下している問題など、福岡市の本質的課題解決に取組む[7]。
退職前の数年は、女性の貧血・生理痛をゼロにする方法、福岡都市圏から首都圏に流出した若者を呼び戻す方法などを精力的に研究[7]。
- 麹飼料のベトナムへの輸出や、有田焼のEUへの展開など、地場企業の海外展開も支援中。
- 一般向けに年間50回程度、講演。
- 「木下としゆきチャンネル」を開設。2025年9月時点で登録者5万人。月間15本配信中。
- インターネットラジオVoicyにて平日毎日配信中
- 地元テレビ局のTNC、RKBなどのコメンテータも務める。
- KBCラジオの「アサデス!ラジオ」の木曜日コメンテーターは9年間継続し、15分間のコーナーは人気番組だった。
- ブログ「木下敏之の九州経済論」で日々の情報を発信(現在 休止中)
2025年3月に福岡大学を定年退職し、同大学の非常勤講師として「九州経済論」と「情報社会と経済」を担当。
国政挑戦
2025年10月、木下は次期衆院選において、福岡2区から参政党公認で立候補する意向を表明した。県庁で開かれた記者会見で、木下は「参政党の勢いを消さないように、誰かが福岡から国政に挑戦する旗を立て、この勢いを拡大していきたい」と述べた。主な政策として「拡大財政への転換」と「移民の急増抑制」を掲げた。出馬の理由については、参政党代表の神谷宗幣との対話を通じて「安全地帯で政策を論じるだけでは駄目だと感じた」と語っている[8][9]。2026年2月8日の投開票の結果、小選挙区では大差で敗れたものの、比例九州ブロックにおいて名簿順位が1位となっていた重複立候補者3人のうち、唯一得票率10%を突破したこともあり、復活当選となった[10]。
政策・主張
所属団体
- 「福岡東南ロータリークラブ」
- 稲盛和夫京セラ会長の教えを学ぶ「フィロソフィー実践塾福岡」「博多21の会」
- 「福岡市城南倫理法人会」
- 「スクラム会」
- 「N会」