木下英夫
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思想
古在由重の開催していた、哲学研究会である、「古在ゼミ」の門下生。1980年代初頭、原水爆禁止世界大会の準備会事務局(日本青年館地下にあった)で、ボランティア活動を行い、市井の多くの人の意見に共感し「戦争はいやだ[2]」(同時代社刊)の出版に協力する。
松川事件の真相究明を探る「松川研究会」会員でもあった。作家稲沢潤子氏の『東京起点261キロ 松川事件・ある青春物語』(恒和出版刊[3])の編集に協力。その後福島大学に内地留学し、松川資料館[4]の設立に寄与。横浜国立大学在職中、アメリカの公文書公開法により明らかにされた文献の翻訳の最中、病魔に教われ、その生涯を松川事件研究に捧げた。
1984年に、これからは政党の大衆運動ではなく、草の根の市民運動の時代だと感じ、平和事務所(東京・文京区[当時])の設立に寄与した。設立当時、日本共産党から離党・除名された者もいたため、反党分子の巣窟だというようなキャンペーンが党の機関紙「赤旗」上で繰り返された。平和事務所の実質的解体後は、目白にて行われた読書を中心とする「ア・タイムの会」(A time or Alchool timeの意)に出席した。
著書
- 『松川事件と広津和郎―裁判批判の論理と思想』(同時代社、2003年)ISBN 978-4-88683-512-3
- 『崩壊の時代に』(同時代社、2002年)共著 ISBN 978-4-88683-463-8
- 『講座マルクス主義研究入門』第1巻哲学に寄稿(「哲学と階級闘争」) 青木書店、1975年