木俣守彝
From Wikipedia, the free encyclopedia
家系
生涯
文政12年(1829年)5月25日、彦根藩筆頭家老木俣守易の子として生まれる。弘化2年(1845年)9月、部屋住みながら家老となり、藩主直亮に仕えた。
嘉永4年(1851年)、父守易が、藩主直弼に処罰され隠居を命じられたため、家督を相続して筆頭家老となり直弼を補佐し、幕府より命じられていた相州警衛の指揮を執った。
安政7年(1860年)3月に藩主直弼が桜田門外の変で横死した後も、水戸藩への報復を主張する藩士を抑え、長野主膳や宇津木景福と協力して若年の藩主直憲を補佐して藩の存続を図った。
万延元年(1860年)7月、執権職となるが、文久2年(1862年)に尊皇攘夷論者で直弼より藩政から遠ざけられていた岡本半介が藩主直憲の信を得て藩政を掌握すると、処罰されて8月に隠居を命じられ家督を弟繁之進(守盟)に譲る。
人物
父の守易が藩主直亮の意を受けて、部屋住み時代の直弼を冷遇したのに対して、直弼を庇った。