『集古雑話』[要文献特定詳細情報]によると、江戸城に務める女中が、両親の法要を営む費用を捻出するために伽羅の小片を売ろうとしていると聞き、それを百両の大金で買い取り江戸の人々を驚かせたという話。江戸参府の帰途に、三保松原で行列が休憩を取った際、毛氈を十数枚敷き、出立の際にそのままにして去ったことが評判になった逸話がある。
また、詩歌や書道に優れた文人としても知られ、白山本地堂、大乗寺浴室、能登小島大悲閣の扁額に優れた揮毫を残した。
代表的な和歌
- 名にしおふ 夜てる玉の 秋の月(仲秋の作 可観小説より)