本誓寺 (長野市)
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位置
北緯36度33分39.0秒 東経138度12分07.3秒 / 北緯36.560833度 東経138.202028度座標: 北緯36度33分39.0秒 東経138度12分07.3秒 / 北緯36.560833度 東経138.202028度
山号
平林山
院号
新田院
| 本誓寺 | |
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| 所在地 | 長野県長野市松代町松代1309 |
| 位置 | 北緯36度33分39.0秒 東経138度12分07.3秒 / 北緯36.560833度 東経138.202028度座標: 北緯36度33分39.0秒 東経138度12分07.3秒 / 北緯36.560833度 東経138.202028度 |
| 山号 | 平林山 |
| 院号 | 新田院 |
| 宗旨 | 真宗大谷派 |
| 創建年 | 建保元年(1213年) |
| 開山 | 親鸞 |
| 正式名 | 平林山新田院真田園 本誓寺 |
| 法人番号 | 9100005000803 |
寺伝では、建保元年(1213年)親鸞が善光寺に参詣した折、信濃国埴科郡倉科荘の藤原寺という天台宗寺院を修繕・再興し、現在の本尊となる阿弥陀如来木像を安置して、二十四輩に列する高弟の是信坊の付与した。新田義貞の子・貞重は、父の討死後に当寺に弟子入りし、のちに第4代の宗信住職となった。正平元年(1346年)、同郡生萱村に遷移したが、永禄2年(1559年)、武田信玄によって倉科村に戻されると同時に70貫文が寄進された。石山合戦中の天正5年(1577年)には、石山本願寺に兵糧68俵を献上して支援した。慶長15年(1610年)、松平忠輝によって松代城下に移され、倉科村に寺領10石を与えられた。正保年間に玄弥住職が真田信之から「真田園」の号を授かった。