愛知県愛知郡鳴海町(現・名古屋市緑区鳴海町)生まれ。愛知学芸大学附属岡崎中学校(現・愛知教育大学附属岡崎中学校)、愛知県立旭丘高等学校、東京大学経済学部卒業。新日本製鐵に就職[3]。
50歳のときに新日本製鐵を退職。会計学の勉強を開始し、みすず監査法人で公会計を担当した。また、中央青山監査法人で、行政コンサルタントとして行財政改革に携った[1]。
2006年(平成18年)6月18日に行われた松戸市長選挙に立候補。現職の川井敏久、前市議の中田京、昭和史研究家の林千勝ら計4人の戦いとなったこの年の選挙では次点で落選[4]。
同年11月の松戸市議会議員選挙に立候補し初当選[5]。
2010年(平成22年)6月13日に行われた松戸市長選挙に民主党の推薦を得て再挑戦。現職の川井敏久ら4候補を破り初当選した[6]。
2014年(平成26年)の市長選で、元職の川井敏久ら3候補を破り再選[7]。
2018年(平成30年)の市長選で、元職の川井敏久の次男で元県議の川井友則[8]ら3候補を破り、3選。
2022年(令和4年)6月5日投開票の市長選では、千葉県内の首長選挙では過去最多となる9人による選挙戦となったが元市議の山中啓之ら8候補を破り4選を果たした[9]。
2025年(令和7年)4月18日、市議会に同年6月2日をもって退職する旨の願を提出。2023年(令和6年)に膵臓の手術を受けており、「手術以降、日常的なケアが必要になり、市長の仕事を続けることが難しくなった」と説明した[10][11][12]。