本間正巳 (政治家)
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山形県酒田市生まれ。1970年の東北学院大学卒業後に山形県庁に入庁し、総務部長などを歴任。2007年、山形県企業振興公社理事長に就任。
2009年、酒田市の副市長に就任。2012年、同市市長阿部寿一が辞職し第46回衆議院議員総選挙に立候補したのに伴い行われた市長選挙に立候補し、初当選を果たす[2]。
2014年5月、咽頭癌の除去手術のため宮城県名取市の宮城県立がんセンターに入院し、その後山形市の病院で投薬と放射線手術を受けた[3]。入院する際には、市議会議長に日付を空欄にした状態の辞表を事前に提出していた[4]。
手術の際に声帯を切除したため自力で話すことが出来なくなったが、電気式人工咽頭(人工声帯)を使って発声練習を繰り返し、11月25日から公務に復帰した[5]。しかし、復帰から3週間後の12月16日、市議会の第三会派「市民の会」は「声が聞き取りにくい」との理由で、市議会に市長辞職勧告案の検討を提案したが、この提案は他会派の不同意によって実現しなかった[6]。
その後も腎機能障害などにより入退院を繰り返し、胸部に癌が転移していることが判明していた[4]。
2015年7月17日、病気の悪化を理由に辞意を表明した[4]。しかし3日後の20日に入院先の日本海総合病院で咽頭癌のため死去、68歳[7][8]。死没日をもって瑞宝小綬章追贈、従五位に叙される[9]。
政策・主張
出典
- ↑ 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、52頁。
- ↑ “DEBUT首長・山形県酒田市長 本間 正巳氏” (PDF). 日本経済新聞新聞社 (2013年2月18日). 2014年12月18日閲覧。
- ↑ “本間・酒田市長:25日に復帰 がん治療とリハビリ終え/山形”. 毎日新聞社 (2014年11月5日). 2014年11月26日閲覧。[リンク切れ]
- 1 2 3 “本間酒田市長が辞意 腎機能障害悪化で治療に専念”. 山形新聞 (山形新聞社). (2015年7月18日). http://yamagata-np.jp/news/201507/18/kj_2015071800355.php 2015年7月18日閲覧。
- ↑ “声のない市長:山形・酒田の本間氏 人工声帯で公務復帰”. 毎日新聞社 (2014年11月25日). 2014年11月26日閲覧。
- ↑ “酒田市長辞職勧告案、検討求める 市議会第3会派、他会派は同意せず”. 山形新聞社 (2014年12月17日). 2014年12月18日閲覧。
- ↑ “本間正巳酒田市長が死去”. 山形新聞 (山形新聞社). (2015年7月20日). オリジナルの2015年7月20日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150721173226/https://www.yamagata-np.jp/news/201507/20/kj_2015072000415.php 2015年7月20日閲覧。
{{cite news}}:|archive-date=と|archive-url=の日付が異なります。(もしかして:2015年7月21日) (説明)⚠ - ↑ “本間正巳氏が死去 山形県酒田市長”. 日本経済新聞. (2015年7月20日). https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG20H8N_Q5A720C1CZ8000/ 2023年5月29日閲覧。
- ↑ 『官報』第6597号7頁 平成27年8月17日号
- ↑ “酒田市長、山形新幹線庄内延伸実現に強い意欲”. 山形新聞社 (2015年1月7日). 2015年2月21日閲覧。
- ↑ “山形新幹線庄内延長 酒田市長、機運醸成狙う あす講演会”. 47NEWS (2014年1月16日). 2015年2月21日閲覧。
- ↑ “酒田駅周辺再開発、所管を企画振興部に 単独で着手へ”. 47NEWS (2014年1月8日). 2015年2月21日閲覧。
- ↑ “酒田市、秋田市と観光中心に協力約束 交流提携書交わす”. 山形新聞 (山形新聞社). (2015年5月20日). http://yamagata-np.jp/news/201505/20/kj_2015052000440.php 2015年9月27日閲覧。
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