杉木喬
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東京・赤坂新町出身[2]。1923年(大正12年)早稲田大学露文科卒業、1931年(昭和6年)立教大学文学部英文科卒業[2]。 立教大学で高垣松雄に師事し[2]、岡倉由三郎(岡倉天心の実弟)にも学んだ[3]。
巣鴨高商専門学校(現・千葉商科大学)教員を経て、1940年(昭和15年)立教大学講師、翌年助教授[2]。
1942年(昭和17年)立教大学教授に就任。その後、同大学文学部英米文学科科長を務め、1956年(昭和31年)には、フルブライトリサーチスカラーとしてハーバード大学及びデューク大学で研究に従事した。米国滞在中のニューヨークでは、元立教大学教授でジャパン・ソサエティ理事を務めるダグラス・オーヴァトンとも交流し、偶然アメリカを訪問していたポール・ラッシュにも会った。オーヴァトンにはデューク大学教授のブライバンディ(政治学)の紹介状をもらい、親交を深めた。ブライバンディは1947年(昭和22年)に立教大学に来ており、総長であった佐々木順三にも会っている[4]。
1964年(昭和39年)に定年となり立教女学院短期大学学長を務めた[2]。1963年(昭和38年)には日本アメリカ文学会会長に就任した[2]。