来たれ、汝甘き死の時よ
From Wikipedia, the free encyclopedia
かつては1715年の作品であるといわれていた。しかしこの年の8月1日にヨハン・エルンスト公子が薨去し、服喪期間の3ヶ月間にわたってカンタータ演奏が自粛されていることが判明し、翌年の作品である可能性が高まっている。当時バッハは毎月1曲のペースでカンタータを作曲していたが、1716年度は1月の155番から9月の161番まで新作を残していない。161番と翌月の162番は、1715年度のカンタータと同様に室内楽編成を取り、器楽ソロのコラールをともなう。
161番を演奏する三位一体節後第16日曜日の礼拝では、ルカ福音書第7章11-17節の「ナインの若者の甦り」が説教主題となる。福音書には、若者の亡骸がイエスによって生き返った奇蹟を記述してある。ルーテル教会では、これを「魂の永遠」と解釈し、有限の肉体からの脱出と、魂の永遠を渇望する。当日のカンタータは4曲伝承されているが、いずれも世や肉体に縛られる人生への諦観を歌いつつ、死後の安寧を望むテキストとなっている。この161番のテキストは、臨終の床に就いた「われ」が眠るまでの一人語りの体裁をとっている。
現在伝わる最古の資料は、1735年頃の再演のために書き直された筆写譜である。これは息子や弟子達のような信頼の置けるコピストの手によるものではない。初演時の姿を再現するために、1735年稿とはまったく関係ないバッハの死後に作成されたパート譜を批判資料として再構築する。初演稿と再演稿の最大の違いは、第1曲のアリアに添えられたコラールの旋律である。初演稿ではオルガンによって旋律が演奏されるが、再演稿ではソプラノの歌唱に変わっている。ヴァイマル時代の器楽コラールをライプツィヒ時代に声楽へ切り替えるのは、バッハの改訂作業ではよく見られる。80a番と80番のケースが典型例である。
なお、第1曲でオルガンによって暗示され、終曲として4声合唱に編曲されているのは、クリストフ・クノル作詞のコラール「われ心より焦がれ望む(Herzlich tut mich verlangen)」である。オルガンコラールBWV727の原曲としてもよく知られているコラールだが、一般的には「マタイ受難曲のコラール」として流布されている。しかし、「マタイ」に頻繁に引用されているのはパウル・ゲルハルト作詞の「血しおしたたる(おお、血と傷にまみれし御頭よ)」であって、別のコラールである。双方ともハンス・レオ・ハスラーの恋歌「わが心は千々に乱れ」の旋律に当てはめたため、旋律を共用しているに過ぎない。