来栖良夫

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生誕 木村 良夫
1916年1月14日
日本の旗 日本 茨城県稲敷郡高田村(現在の稲敷市高田)
死没 2001年6月6日(85歳没)
日本の旗 日本 茨城県稲敷郡江戸崎町(現在の稲敷市)高田
くるす よしお
来栖 良夫
生誕 木村 良夫
1916年1月14日
日本の旗 日本 茨城県稲敷郡高田村(現在の稲敷市高田)
死没 2001年6月6日(85歳没)
日本の旗 日本 茨城県稲敷郡江戸崎町(現在の稲敷市)高田
出身校 江戸崎農学校
受賞 日本児童文学者協会賞1969年
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来栖 良夫(くるす よしお、1916年大正5年)1月14日 - 2001年平成13年)6月6日)は、日本の児童文学作家旧姓は木村。

進歩的な史観と鍛えられた文章による巧みな物語構成に特色を持ち、歴史取材を主とした作品を多く遺した。

茨城県稲敷郡高田村江戸崎町高田を経て、現在の稲敷市高田)に生まれる。江戸崎農学校を卒業後、茨城県内で多田公之助らと共に綴方教育運動等の新興教育運動に参画し、文集『工程』などを発行した。教育科学研究会にも参加した。

1941年綴方教師弾圧(生活図画事件)により逮捕される。釈放後、山東省青島市即墨区陸軍駐屯地勤務を含む3年間の従軍を経て、1946年に帰郷した。

帰国後、菅忠道らと共に『子供の広場』(新世界社)を創刊した。この当時の同僚に国分一太郎がいる。

1949年、新世界社が倒産したのち、歴史物語の執筆や作文指導書の執筆に精力的に取り組む。

1950年日本綴り方の会の創立に参加した。

1969年、『くろ助』で日本児童文学者協会賞を受賞した。

2001年、江戸崎町(現在の稲敷市)高田で死去した。85歳没。

著書

脚注

関連項目

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