来迎院 (品川区)

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所在地 東京都品川区大井6-18-8
位置 北緯35度35分45.1秒 東経139度43分50.7秒 / 北緯35.595861度 東経139.730750度 / 35.595861; 139.730750座標: 北緯35度35分45.1秒 東経139度43分50.7秒 / 北緯35.595861度 東経139.730750度 / 35.595861; 139.730750
山号 鹿島山
院号 来迎院
来迎院
所在地 東京都品川区大井6-18-8
位置 北緯35度35分45.1秒 東経139度43分50.7秒 / 北緯35.595861度 東経139.730750度 / 35.595861; 139.730750座標: 北緯35度35分45.1秒 東経139度43分50.7秒 / 北緯35.595861度 東経139.730750度 / 35.595861; 139.730750
山号 鹿島山
院号 来迎院
宗派 天台宗[1]
本尊 薬師如来
創建年 安和2年(969年
開山 尊栄法印[1]
中興年 貞和3年(1347年[1]
中興 了覚法印[1]
文化財 来迎院石造念仏講供養塔3基(品川区指定文化財)
法人番号 4010705000240 ウィキデータを編集
来迎院 (品川区)の位置(東京都区部内)
来迎院 (品川区)
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来迎院(らいごういん)は、東京都品川区にある天台宗寺院

安和2年(969年)、常行三昧寺住職だった尊栄法印によって開山された。常陸国(現・茨城県)の鹿島神宮から分霊勧請して鹿嶋神社を創建するとともに、その別当寺として当院を創建したのが起源である[2]

その後、住職不在の時期が続いたが、貞和3年(1347年)に了覚法印によって中興された。その際に「示現山常林寺観音院」に改称した[2]

江戸時代江戸幕府将軍鷹狩のために江戸郊外のこの地を度々訪れている。第3代将軍・徳川家光は、当院で休憩してを飲んだことから「御茶屋寺」と呼ばれるようになった。正保2年(1645年)、家光42歳の厄年の際に、当院が江戸城から見て恵方の方角にあるとされたことから、節分の日に自ら参拝したという[3]

天保4年(1833年)、寛永寺塔頭冷泉院の住職が当院を兼任することになり、「鹿嶋山来迎院」に改称した[3]

交通アクセス

脚注

参考文献

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