清朝は故地である満洲の地を神聖なものと定めており、ムクデン(盛京、現在の遼寧省瀋陽市)・吉林・黒竜江のそれぞれに将軍を配置していた。3将軍の中では、副都格の盛京を預かる盛京将軍が一番の高位だった。これらの将軍の支配域が東三省のそれぞれの起源である。後に、盛京は奉天・瀋陽と時代によって名を変えた。
3将軍制時代は省とは別制度なのに、すでに別称として中国語で「東三省」と呼ばれた。[1]:71907年、3将軍がそれぞれ奉天巡撫・吉林巡撫・黒竜江巡撫に変わって、中国本土と同じ省制となった。また、3つの省を統括する東三省総督が置かれた。[2]:313