東京鉄道郵便局
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概要
住所:〒100-0005 東京都千代田区丸の内2-7-2(東京中央郵便局局舎内)
鉄道郵便局は、日本の郵便局の種類の一つで、鉄道事業者に郵便車を運行させてこれに職員が乗務し、鉄道沿線の郵便局から継送される郵便物を輸送するとともに、郵便車内で郵便物をあて先地域別に区分する業務を行っていた[1]。当局はそのうちおもに関東地方周辺の区間を担当した。
分局
本局にはおもに管理部門が置かれ、実際の乗務・中継作業の拠点として主要ターミナル駅や分岐駅に分局が設置された。
沿革
- 1903年(明治36年)
- 1910年(明治43年)4月1日 - 東京鉄道郵便局(一等郵便局)を東京府東京市日本橋区青物町に開局[1][4]。
- 線路区域[5]
- 東京青森線の内東京白河間
- 宇都宮日光間
- 東京仙台(水戸経過)線の内東京平間
- 東京新潟線の内東京横川間
- 小山高崎線
- 水戸小山線
- 東京銚子線
- 我孫子佐原線
- 佐倉成田線
- 千葉大原線
- 東京伊勢崎線
- 国分寺川越線
- 東京神戸線の内東京静岡間
- 東京長野線の内東京上諏訪間
- 大船横須賀線
- 線路区域[5]
- 1911年(明治44年)5月1日 - 小山高崎線が高崎小山線、水戸小山線が小山水戸線、また東京長野線の内東京上諏訪間が東京塩尻線となる[6]。
- 1912年(大正元年)8月21日 - 千葉木更津線を追加[7]。
- 1913年(大正2年)
- 1914年(大正3年)
- 1915年(大正4年)
- 1916年(大正5年)10月11日 - 千葉湊線が千葉金谷線となる[15]。
- 1917年(大正6年)8月1日 - 千葉金谷線が千葉勝山線となる[16]。
- 1918年(大正7年)8月10日 - 千葉勝山線が千葉館山線となる[17]。
- 1921年(大正10年)
- 1922年(大正11年)
- 1923年(大正12年)4月6日 - 羽生影森線を追加[24]。
- 1924年(大正13年)
- 1925年(大正14年)
- 1926年(大正15年)
- 1927年(昭和2年)
- 1928年(昭和3年)
- 1929年(昭和4年)4月15日 - 千葉興津線が千葉鴨川線となる[42]。
- 1930年(昭和5年)
- 1931年(昭和6年)
- 1932年(昭和7年)
- 1933年(昭和8年)
- 1934年(昭和9年)
- 1935年(昭和10年)
- 1936年(昭和11年)
- 1937年(昭和12年)
- 1938年(昭和13年)
- 1939年(昭和14年)4月1日 - 東京小田原線を追加[64]。
- 1940年(昭和15年)4月2日 - 東京鉄道郵便局が東京市麹町区大手町二丁目から東京市麹町区大手町一丁目に移転[65]。
- 1942年(昭和17年)11月15日 - 東京下関線の内東京名古屋間が東京門司線の内東京名古屋間となる[66]。
- 1945年(昭和20年)8月1日 - 組織改正
- 線路区域[67]
- 東京青森線の内東京郡山間
- 小山水戸線
- 水戸郡山線
- 宇都宮日光線
- 東京仙台(水戸経過)線の内東京平間
- 我孫子成田線
- 東京伊勢崎線
- 東京銚子南廻線
- 東京銚子北廻線
- 東京鴨川東廻線
- 東京鴨川西廻線
- 高崎小山線
- 東京長岡線の内東京水上間
- 東京直江津線の内東京高崎間
- 熊谷羽生線
- 熊谷荒川線
- 東京塩尻線の内東京甲府間
- 東京横須賀線
- 東京門司線の内東京浜松間
- 国府津沼津線
- 甲府富士線
- 東京寄居線
- 東京小田原線
- 線路区域[67]
- 1948年(昭和23年)8月16日 - 組織改正
- 線路区域[68]
- 東京青森線の内東京郡山間
- 小山水戸線
- 水戸郡山線
- 東京仙台(水戸経過)線の内東京平間
- 東京伊勢崎線
- 東京銚子南廻線
- 東京銚子北廻線
- 東京鴨川東廻線
- 東京鴨川西廻線
- 高崎小山線
- 東京新潟線の内東京水上間
- 熊谷荒川線
- 東京塩尻線
- 東京横須賀線
- 東京門司線の内東京浜松間
- 富士甲府線
- 東京寄居線
- 東京小田原線
- 線路区域[68]
- 1949年(昭和24年)
- 1950年(昭和25年)
- 2月21日 - 組織改正、小山分局及び積替駐在設置
- 線路区域及び積替駐在[71]
- 東京駅分局
- 東京門司線の内東京浜松間
- 東京
- 上野分局
- 東京青森線の内東京郡山間
- 東京仙台(水戸経過)線の内東京平間
- 東京新潟線の内東京水上間
- 水戸郡山線
- 上野
- 両国分局
- 東京伊勢崎線
- 東京銚子(北廻)線
- 東京銚子(南廻)線
- 東京鴨川(東廻)線
- 東京鴨川(西廻)線
- 両国
- 千葉
- 新宿分局
- 東京塩尻線
- 東京小田原線
- 東京寄居線
- 熊谷荒川線
- 富士甲府線
- 新宿
- 小山分局
- 小山水戸線
- 高崎小山線
- 宇都宮日光線
- 下館茂木線
- 小山
- 東京駅分局
- 線路区域及び積替駐在[71]
- 3月12日 - 東京鉄道郵便局が東京市中央区日本橋両国から東京市千代田区丸の内二丁目に移転[72]。
- 2月21日 - 組織改正、小山分局及び積替駐在設置
- 1954年(昭和29年)4月16日 - 下館茂木線を削除[73]。
- 1964年(昭和39年) - 東京駅地区の鉄道小荷物輸送合理化・上野駅の混雑緩和のため、長距離の小荷物・郵便列車が汐留駅(東海道線方面)・隅田川駅(高崎・東北線方面)発着に移行することとなる[74]。
- 1968年(昭和43年)9月25日 - 隅田川分局設置[75]。
- 1972年(昭和47年)3月 - 東京門司線について、乗務員の郵便物区分方法・郵便物輸送体系を変更し、「東京門司線の乗務員を経由して運送する郵便物の区分特例」(東京門司線特例)を制定[76]。
- 1972年(昭和47年)3月の国鉄のダイヤ改正で東海道・山陽線の小荷物・郵便列車の停車駅が削減・集約され、同線で運行される東京門司線は停車駅の大幅な減少により直接受け渡しのできない郵便局が増加するため、輸送体系を改め、乗務員の郵便物区分方法も変更することとしたもの。
- 速達扱いを除き乗務員は郵便番号の上二けた目までによる地域別の区分を行うこととする。
- 東京門司線沿線地域には、二けた地域ごとに地域内の区分を行う郵便局を「地域区分局」として指定し整備。
- 東京門司線乗務員により二けた区分された郵便物は地域区分局へ送付し、地域区分局が三けた・五けた区分を行って自動車便で域内の各郵便局へ配送。
- 以後、東京門司線の取扱便向けには、他線区向けとは区分室等の仕様が異なる郵便車が製作されるようになり、この仕様の郵便車は「東京門司線特例車」と呼ばれた[77]。
- 1973年(昭和48年)2月1日 - 汐留分局設置[78]。
- 1978年(昭和53年)10月2日 - 郵便車連結列車の削減により東京駅分局、両国分局、千葉分局を廃止[79][80]。東陽分局を設置[79][81]。
- 1979年(昭和54年)10月1日 - 羽沢分局設置[82]。
- 1982年(昭和57年)11月15日 - 汐留分局を汐留輸送センターに[83]、隅田川分局を隅田川輸送センターに、東陽分局を東陽輸送センターにそれぞれ改める[84]。上野分局、小山分局を廃止[85]。
- 1984年(昭和59年)2月1日 - 新宿分局を廃止[86]。東京空港分局を設置[87]。
- 1985年(昭和60年)3月14日 - 羽沢分局を廃止[88]。
- 1986年(昭和61年)10月1日 - 東京鉄道郵便局本局、汐留輸送センター、隅田川輸送センター、東陽輸送センター、東京空港分局を廃止[83][89]。汐留輸送センター跡に東京輸送郵便局本局を、東陽輸送センター跡に東京輸送郵便局東陽センターを、東京空港分局跡に東京輸送郵便局東京空港センターを、それぞれ設置[83][90]。
- 1990年(平成2年)8月6日 - 江東区新砂に新東京郵便局及び東京小包郵便局が設置されることに伴い、東京輸送郵便局を廃局[91]。
取扱内容
- 鉄道郵便車に乗務し、車内で区分及び郵袋、小包の積み下ろし事務。
- 局舎や駅の郵便室で、郵便物の受け渡し・郵袋や小包の区分事務。
→「鉄道郵便局 § 東京鉄道郵便局」も参照