東光寺 (愛知県東浦町)
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位置
北緯34度59分6.6秒 東経136度58分3.5秒 / 北緯34.985167度 東経136.967639度座標: 北緯34度59分6.6秒 東経136度58分3.5秒 / 北緯34.985167度 東経136.967639度
山号
醫王山
宗派
曹洞宗
| 東光寺 | |
|---|---|
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| 所在地 | 愛知県知多郡東浦町緒川天白48 |
| 位置 | 北緯34度59分6.6秒 東経136度58分3.5秒 / 北緯34.985167度 東経136.967639度座標: 北緯34度59分6.6秒 東経136度58分3.5秒 / 北緯34.985167度 東経136.967639度 |
| 山号 | 醫王山 |
| 宗派 | 曹洞宗 |
| 本尊 | 薬師如来 |
| 創建年 | 不詳 |
| 札所等 | 四国直伝弘法13番 |
東光寺(とうこうじ)は、愛知県知多郡東浦町緒川屋敷壱区71にある曹洞宗の寺院。山号は醫王山[1]。本尊は薬師如来[1]。四国直伝弘法八十八ヶ所霊場第13番札所。
創建
創建年は不詳だが、もとは字笠松にあった草庵である[2]。開基は乾坤院2世の逆翁崇順。逆翁崇順は初代緒川城主水野貞守と親交があり、貞守はしばしば逆翁崇順の教導を受けたとされる[3]。逆翁崇順は東光寺で歴代の地頭を弔った[3]。
近世
元禄7年(1694年)5月22日、隕石によって堂宇が焼失した。元禄9年(1696年)に鈴木五平によって再建された。安政5年(1858年)には本堂が改築された[1]。江戸時代後期には庫裏に寺子屋が置かれた[2]。
近代・現代
太平洋戦争中の1944年(昭和19年)8月、名古屋市立道徳国民学校の児童が東浦町に学童疎開した[4]。傳宗院に本部が置かれ、緒川の傳宗院、越境寺、了願寺、東光寺、森岡の極楽寺、臨江寺、妙法寺が宿舎となった[4]。1945年(昭和20年)12月7日に起こった昭和東南海地震後、東光寺の児童は善導寺に移っている[4]。