東寺尾
横浜市鶴見区の町
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地理
歴史
沿革
かつて横浜市に編入前のこの場所は、橘樹郡鶴見町大字東寺尾であった。
- 東寺尾町
- 1927年(昭和2年)4月1日 - 横浜市に編入。横浜市東寺尾町となる[8]。
- 1927年(昭和2年)10月1日 - 横浜市の区制施行により、鶴見区を新設。横浜市鶴見区東寺尾町となる[9]。
- 1929年(昭和4年)9月11日 - 耕地整理に伴い、鶴見町との境界を変更する[9]。
- 1936年(昭和11年)10月20日 - 耕地整理に伴い、東寺尾町の一部を鶴見町へ編入[10]。
- 1939年(昭和14年)1月20日 - 耕地整理に伴い、鶴見町の一部を東寺尾町に編入。土地区画整理事業に伴い、東寺尾町の一部を生麦町へ編入[11]。
- 1951年(昭和26年)7月10日 - 土地区画整理事業に伴い、馬場町との境界を変更する[12]。
- 1959年(昭和34年)1月1日 - 鶴見町の一部を東寺尾町に編入、馬場町との境界を変更する[12]。
- 1960年(昭和35年)3月28日 - 耕地整理に伴い、馬場町との境界を変更する[13]。
- 1960年(昭和35年)4月1日 - 北寺尾町の一部を東寺尾町に編入。東寺尾町の一部を鶴見町、馬場町へ編入[14]。
- 1962年(昭和37年)4月24日 - 土地改良事業に伴い、馬場町との境界を変更する[14]。
- 1967年(昭和42年)5月1日 - 住居表示の実施に伴い、生麦町、神奈川区西寺尾町の各一部を東寺尾町に編入。東寺尾町の一部を岸谷二丁目、岸谷三丁目、神奈川区子安台一丁目、子安台二丁目へ編入[15]。
- 1972年(昭和47年)6月5日 - 住居表示の実施に伴い、東寺尾町の一部を 東寺尾一丁目、東寺尾二丁目、東寺尾三丁目、東寺尾四丁目、東寺尾五丁目、東寺尾六丁目、馬場一丁目、馬場三丁目、馬場四丁目、北寺尾一丁目、東寺尾東台、東寺尾中台、東寺尾北台、鶴見一丁目、鶴見二丁目、寺谷一丁目、寺谷二丁目、諏訪坂、神奈川区西寺尾町へ編入。同時に東寺尾町は廃止となる[16]。
- 東寺尾
- 1972年(昭和47年)6月5日 - 住居表示の実施に伴い、東寺尾町、馬場町、神奈川区西寺尾町の各一部を分離し、東寺尾一丁目から東寺尾六丁目を新設[16]。
町名の変遷
| 実施後 | 実施年月日 | 実施前(各町名ともその一部) |
|---|---|---|
| 東寺尾一丁目 | 1972年(昭和47年)6月5日 | 東寺尾町、馬場町、神奈川区西寺尾町(各一部) |
| 東寺尾二丁目 | 東寺尾町、馬場町(各一部) | |
| 東寺尾三丁目 | 東寺尾町、神奈川区西寺尾町(各一部) | |
| 東寺尾四丁目 | 東寺尾町(一部) | |
| 東寺尾五丁目 | ||
| 東寺尾六丁目 | 東寺尾町、馬場町(各一部) |
主な出来事
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2024年11月時点)[24]。
| 丁目 | 番・番地等 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 東寺尾一丁目 | 1番1〜7号 1番14号〜40番 | 横浜市立上寺尾小学校 | 横浜市立生麦中学校 |
| 1番8〜13号 | 横浜市立馬場小学校 | 横浜市立上の宮中学校 | |
| 東寺尾二丁目 | 全域 | 横浜市立寺尾小学校 | 横浜市立寺尾中学校 |
| 東寺尾三丁目 | 全域 | 横浜市立生麦中学校 | |
| 東寺尾四丁目 | 全域 | ||
| 東寺尾五丁目 | 全域 | 横浜市立寺尾中学校 | |
| 東寺尾六丁目 | 1〜16番 | ||
| 17〜40番 | 横浜市立上寺尾小学校 | ||
| 41番 | 横浜市立旭小学校 |
事業所
交通
施設
その他
参考文献
- “横浜市町区域要覧” (PDF). 横浜市市民局 (2016年6月). 2022年9月6日閲覧。
