斜里岳
北海道の山
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地理・名称
斜里平野の南方にあり、知床連山と阿寒・摩周方面の火山群をつなぐ位置にそびえる[4]。見る方向によって山容が大きく異なり、斜里市街地からは均整のとれた三角形に、清里町側からは二つの峰が目立つ姿に見える。南側では山頂から南斜里岳へ続く尾根が強調される[3]。「オホーツク富士」「斜里富士」とも呼ばれる[6]。
アイヌ語名は「オンネヌプリ(onne-nupuri)」と呼ばれ、「大なる(年老いたる)山」を意味する[7]。
近世の史料にはすでに山名が記録されており、近藤重蔵本「西蝦夷地分間」には「シヤリ嶽」、「廻浦日記」には「シヤリ岳」、1856年(安政3年)の「協和私役」には「シヤリ山」とみえる。明治期には「北見国地誌提要」で「斜里山」、『北海道志』や開拓使の『事業報告』で「斜里嶽」と記されており、『日本歴史地名大系』は漢字による山名表記が明治維新後まもなく定着したとみている[3]。
地質・形成史
北海道東部の阿寒-知床火山列に位置する第四紀火山である[8]。産業技術総合研究所地質調査総合センターによれば、主な活動期は中期更新世(チバニアン期)で、活動年代は約30万年前から25万年前とされる。火山体は複成火山と溶岩ドームからなり、主な岩石は安山岩、デイサイト、玄武岩である[2]。
安田朋樹らは斜里火山の形成史を古期と新期の2段階に区分している。古期には中心噴火による溶岩の噴出によって主要な成層火山体が形成され、その一部には岩脈が貫入した。その後に侵食を受ける時期を挟み、新期には玄武岩質および安山岩質の溶岩が噴出して古期火山体の山腹を覆った[8]。玄武岩から安山岩に至る岩石は、岩石学的にはソレアイト質岩系の特徴を示す[8]。
山頂部には本峰の斜里岳、南斜里岳、西峰があり、その周辺には複数の爆裂火口が認められる[9]。
自然環境
斜里岳の山頂から中腹にかけては斜里岳道立自然公園に指定されている。同公園は1980年(昭和55年)11月に指定され、区域は全域が国有林である[4]。
斜里岳付近はオホーツク海側と根室側を隔てる山地の一部をなし、両側では気候にも差がみられる。冬季には北西からの季節風の影響を受け、オホーツク海側で降雪が多くなる。夏季には太平洋側から流入する海霧の影響を根室側が受ける一方、オホーツク海側では山地によってその影響が弱められる[4]。
植生は標高によって変化する。山麓部にはミズナラ、ハリギリ、トドマツなどからなる落葉広葉樹林や針広混交林が広がり、標高750 m前後からはダケカンバを主体とする亜高山植生となる。標高1,000 m以上では尾根筋を中心にハイマツ、コケモモ、キバナシャクナゲなどの高山植生がみられる[4]。
1996年8月に清里コースで行われた植物相・植生調査では219種が確認され、既往の調査記録を合わせると斜里岳の維管束植物相は272種のほか5変種・1品種とされた[10]。登山道沿いではイワブクロ、チングルマ、ハクサンチドリなどがみられ、フタマタタンポポ、エゾルリソウ、ミヤマアズマギク、タカネシオガマなどが隔離分布することも斜里岳の植物相の特徴とされる[4]。
動物ではヒグマ、エゾシカ、エゾリス、エゾモモンガ、シマリス、キタキツネなどが生息する。鳥類では山麓の森林にアカゲラ、コゲラ、シジュウカラ、ゴジュウカラなどがみられ、高山帯のハイマツ地にはウソ、ノゴマ、カヤクグリ、ホシガラスなどが生息する[4]。
歴史
登山

夏山の登山路には、清里町側の清里コースと斜里町側の斜里コース(豊里コース)がある。清里コースは沢筋を通る旧道と尾根筋を通る新道に分かれ、これらを合わせて3つの登山ルートとして案内されている[4][13]。
清里コースの登山口は5合目の山小屋・清岳荘にある[13]。登山口から沢をたどって下二股に至り、ここで旧道と新道に分岐する[4]。
旧道は一の沢を遡行する沢沿いのコースで、水連の滝、羽衣の滝、万丈の滝、見晴らしの滝、七重の滝、竜神の滝などが連続する。これらの滝の一部は、溶岩流の板状節理や岩脈など斜里岳の火山地形と関係して形成されている[4]。
新道は下二股から尾根へ取り付き、熊見峠を経て上二股で旧道と合流する。尾根上では標高の上昇につれてダケカンバ林からハイマツ帯へと植生が変化する[4]。
斜里コース(豊里コース)は斜里町側から登るルートで、登山口から「玉石の沢」と呼ばれる涸れ沢を進み、尾根に取り付いて山頂へ至る[4]。
ギャラリー
- 斜里火山の地形図
- 北西より(清里町)望む
- 熊見峠から山頂を望む
- 新道コース脇にある竜神ノ池
- 新道コースからの斜里岳
- 新道コースからの清里町
- 藻琴山展望台から望む
