斜里町
北海道斜里郡の町
From Wikipedia, the free encyclopedia
斜里町(しゃりちょう)は、北海道オホーツク総合振興局管内の斜里郡にある町。道東にある知床半島の北側を占め、オホーツク海に面する[1]。道庁では、北海道オホーツク総合振興局が所管する。
| しゃりちょう 斜里町 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
|
知床五湖の一湖 | |||||
| |||||
| 国 |
| ||||
| 地方 | 北海道地方 | ||||
| 都道府県 | 北海道(オホーツク総合振興局) | ||||
| 郡 | 斜里郡 | ||||
| 市町村コード | 01545-8 | ||||
| 法人番号 | 8000020015458 | ||||
| 面積 |
737.13km2 | ||||
| 総人口 |
10,214人 [編集] (住民基本台帳人口、2026年8月31日) | ||||
| 人口密度 | 13.9人/km2 | ||||
| 隣接自治体 |
斜里郡小清水町、清里町 根室振興局:標津郡標津町、目梨郡羅臼町 | ||||
| 町の木 | ミズナラ | ||||
| 町の花 | ハマナス | ||||
| 他のシンボル |
町の鳥:オジロワシ 町のスポーツ:バレーボール | ||||
| 斜里町役場 | |||||
| 町長 | 山内浩彰 | ||||
| 所在地 |
〒099-4192 北海道斜里郡斜里町本町12 北緯43度54分41秒 東経144度40分15秒 ![]() | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
町名の由来
地理
オホーツク総合振興局最東部に位置し、オホーツク海に面している。幅25 km、長さ65 kmに及ぶ知床半島を羅臼町と二分している[1]。半島中央部を縦走している知床連山は険しい山岳と深い原始林、オホーツク海の荒波に海蝕(かいしょく)された断崖が続いており[4]、世界自然遺産登録エリアのある「知床国立公園」がある[5]。さらに、斜里岳、海別岳山麓からなる台地と斜里川・奥蘂別川水系を挟んだ平坦地からなっており、肥沃な土壌がある[4]。斜里岳山麓台地はなだらかな山なみで、一部は「斜里岳道立自然公園」になっている[6]。海別岳山麓は北西に広がる地域で、自然休養村の指定を受けている[4]。また、海岸線の一部は「網走国定公園」となっている[7]。
山岳
- 斜里岳(1,547 m)
- 東斜里岳(1,452 m)
- 丸山(341 m)
- 瑠辺斯岳(659 m)
- 錐山(721 m)
- 小海別岳(902 m)
- 海別岳(1,419 m)
- 糠真布(735 m)
- ラサウヌプリ(1,019 m)
- 遠音別岳(1,330 m)
- 知西別岳(1,317 m)
- ペレケ山(1,267 m)
- 天頂山(1,046 m)
- 羅臼岳(1,661 m)
- 三ッ峰(1,509 m)
- サシルイ岳(1,564 m)
- オッカバケ岳(1,462 m)
- 南岳(1,459 m)
- 知円別岳(1,544 m)
- 東岳(1,520 m)
- 知床硫黄山(1,562 m)
- ルシャ山(848 m)
- 知床岳(1,254 m)
- ポロモイ岳(992 m)
- ウイーヌプリ(652m)
河川
湖沼
- 濤釣沼
- 知床五湖
滝
岬
島
- 知床五湖と知床連山(2014年8月)
- 斜里岳(2014年8月)
- 羅臼岳(2009年8月)
- 知床硫黄山(2014年8月)
- 知床岳(2013年2月)
- 斜里川(2013年5月)
- ペレケ川(2011年9月)
- 岩尾別川(2013年7月)
- カムイワッカの滝(2009年8月)
- オシンコシン崎(2014年8月)
- チャシコツ崎(2011年9月)
- 知床岬(2015年4月)
気候
気温はオホーツク海の海流や流氷の影響により年平均気温は7℃以下となっている[4]。冬期の降雪量はさほど多くはないが、北西の風が強いため融雪時期が遅い[4]。山岳部の融雪が終わる6月中旬頃までは、斜里町特有のフェーン現象による南東の強風が種苗期の農作物に影響を与える[4]。降水量は年間800~1200 mmであるが、融雪期である4月、5月の降雨によっては河川の水位が高くなることがある[4]。
| 斜里町 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 雨温図(説明) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 斜里(斜里郡斜里町以久科南、標高15m)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録 °C (°F) | 9.7 (49.5) |
13.6 (56.5) |
19.9 (67.8) |
31.2 (88.2) |
35.0 (95) |
33.1 (91.6) |
36.8 (98.2) |
37.1 (98.8) |
34.4 (93.9) |
30.5 (86.9) |
21.5 (70.7) |
15.7 (60.3) |
37.1 (98.8) |
| 平均最高気温 °C (°F) | −2.2 (28) |
−2.1 (28.2) |
2.1 (35.8) |
9.2 (48.6) |
15.6 (60.1) |
19.1 (66.4) |
22.6 (72.7) |
24.3 (75.7) |
21.2 (70.2) |
15.3 (59.5) |
7.8 (46) |
0.7 (33.3) |
11.1 (52) |
| 日平均気温 °C (°F) | −6.5 (20.3) |
−7.0 (19.4) |
−2.3 (27.9) |
4.1 (39.4) |
9.8 (49.6) |
13.8 (56.8) |
17.7 (63.9) |
19.3 (66.7) |
16.0 (60.8) |
9.9 (49.8) |
3.2 (37.8) |
−3.5 (25.7) |
6.2 (43.2) |
| 平均最低気温 °C (°F) | −12.7 (9.1) |
−13.9 (7) |
−8.1 (17.4) |
−1.0 (30.2) |
4.1 (39.4) |
8.8 (47.8) |
13.2 (55.8) |
14.8 (58.6) |
10.8 (51.4) |
4.2 (39.6) |
−1.6 (29.1) |
−9.1 (15.6) |
0.8 (33.4) |
| 最低気温記録 °C (°F) | −27.8 (−18) |
−31.6 (−24.9) |
−25.7 (−14.3) |
−19.1 (−2.4) |
−4.5 (23.9) |
−1.2 (29.8) |
2.6 (36.7) |
4.2 (39.6) |
0.7 (33.3) |
−4.8 (23.4) |
−20.1 (−4.2) |
−24.0 (−11.2) |
−31.6 (−24.9) |
| 降水量 mm (inch) | 35.1 (1.382) |
24.4 (0.961) |
37.0 (1.457) |
52.2 (2.055) |
60.2 (2.37) |
62.4 (2.457) |
85.7 (3.374) |
108.7 (4.28) |
122.6 (4.827) |
91.0 (3.583) |
63.7 (2.508) |
54.1 (2.13) |
802.0 (31.575) |
| 降雪量 cm (inch) | 153 (60.2) |
124 (48.8) |
100 (39.4) |
30 (11.8) |
1 (0.4) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
1 (0.4) |
17 (6.7) |
101 (39.8) |
524 (206.3) |
| 平均降水日数 (≥1.0 mm) | 11.0 | 7.8 | 8.6 | 10.2 | 10.8 | 10.4 | 11.0 | 11.3 | 11.3 | 10.9 | 11.9 | 11.1 | 126.8 |
| 平均月間日照時間 | 78.2 | 112.9 | 151.7 | 171.3 | 180.4 | 175.0 | 176.1 | 167.2 | 155.9 | 141.5 | 101.4 | 88.7 | 1,700.4 |
| 出典:気象庁(平均値:1991年 - 2020年、極値:1977年 - 現在)[9][10] | |||||||||||||
| 宇登呂(斜里郡斜里町ウトロ高原、標高144m)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録 °C (°F) | 10.8 (51.4) |
15.8 (60.4) |
21.0 (69.8) |
28.7 (83.7) |
33.6 (92.5) |
32.9 (91.2) |
34.5 (94.1) |
35.3 (95.5) |
32.9 (91.2) |
29.8 (85.6) |
22.8 (73) |
15.6 (60.1) |
35.3 (95.5) |
| 平均最高気温 °C (°F) | −2.7 (27.1) |
−2.7 (27.1) |
1.4 (34.5) |
8.3 (46.9) |
14.8 (58.6) |
18.3 (64.9) |
22.0 (71.6) |
23.3 (73.9) |
20.2 (68.4) |
14.4 (57.9) |
7.3 (45.1) |
0.5 (32.9) |
10.4 (50.7) |
| 日平均気温 °C (°F) | −5.3 (22.5) |
−6.0 (21.2) |
−2.0 (28.4) |
4.0 (39.2) |
9.8 (49.6) |
13.5 (56.3) |
17.3 (63.1) |
18.8 (65.8) |
15.6 (60.1) |
10.1 (50.2) |
3.7 (38.7) |
−2.4 (27.7) |
6.4 (43.5) |
| 平均最低気温 °C (°F) | −8.6 (16.5) |
−10.0 (14) |
−5.9 (21.4) |
−0.3 (31.5) |
4.9 (40.8) |
8.9 (48) |
13.2 (55.8) |
14.8 (58.6) |
11.4 (52.5) |
5.8 (42.4) |
0.1 (32.2) |
−5.5 (22.1) |
2.4 (36.3) |
| 最低気温記録 °C (°F) | −18.3 (−0.9) |
−20.8 (−5.4) |
−20.9 (−5.6) |
−10.5 (13.1) |
−3.8 (25.2) |
−0.5 (31.1) |
3.5 (38.3) |
6.0 (42.8) |
3.4 (38.1) |
−2.2 (28) |
−9.6 (14.7) |
−13.9 (7) |
−20.9 (−5.6) |
| 降水量 mm (inch) | 76.9 (3.028) |
54.9 (2.161) |
72.2 (2.843) |
98.2 (3.866) |
104.6 (4.118) |
84.2 (3.315) |
101.2 (3.984) |
132.5 (5.217) |
143.5 (5.65) |
130.1 (5.122) |
105.5 (4.154) |
112.7 (4.437) |
1,202.1 (47.327) |
| 降雪量 cm (inch) | 168 (66.1) |
136 (53.5) |
118 (46.5) |
46 (18.1) |
7 (2.8) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
1 (0.4) |
29 (11.4) |
138 (54.3) |
635 (250) |
| 平均降水日数 (≥1.0 mm) | 15.3 | 10.5 | 10.6 | 10.6 | 11.7 | 11.0 | 11.1 | 11.5 | 12.3 | 12.3 | 13.9 | 15.1 | 145.8 |
| 平均月間日照時間 | 59.3 | 91.6 | 130.7 | 157.0 | 175.1 | 170.5 | 173.3 | 162.2 | 148.5 | 128.4 | 77.3 | 53.5 | 1,527.2 |
| 出典:気象庁(平均値:1991年 - 2020年、極値:1978年 - 現在)[11][12] | |||||||||||||
人口
| 斜里町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 斜里町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 斜里町
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
斜里町(に相当する地域)の人口の推移
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
地名の変遷
1953年7月10日に北海道告示第1067号をもって同日に市街地の字名改正が施行された。その内容は以下のとおりである[13]。
| 旧大字小字一覧 | |||
|---|---|---|---|
| 大字斜里村字 | 斜里、シヤリ、斜里原野、斜里市街、斜里市街北一条通東三丁目、斜里市街地、斜里市街地大通東一~四丁目、斜里市街地大通西一~二丁目、斜里市街地大通北一条東一丁目、斜里市街地大通北二条西一丁目、斜里市街地北一条東一・四丁目、斜里市街地北二条東一・四丁目、斜里市街地北一条西一~二丁目、斜里市街地北二条西一~二丁目、斜里市街地南三条東二丁目、斜里市街地南一条東三丁目、斜里市街地南二条西一~二丁目、斜里市街地南一条西二丁目、斜里市街地北一条通東一~三丁目、斜里市街地北二条通東一~二丁目、斜里市街地北一条通西一~二丁目、斜里市街地南一~三条通東一~二丁目、斜里市街地南一~二条通東三丁目、斜里市街地南一条通東四丁目、斜里市街地南一・三条通西一丁目、斜里市街予定地大通西一~二丁目、斜里市街予定地北一条東一丁目、斜里市街予定地北一条西一~二丁目、斜里市街予定地北二条西二丁目、斜里市街予定地南一条東一丁目、斜里市街予定地南一条西一~二丁目、斜里市街予定地北一条通東二丁目、斜里市街予定地北一条通西一丁目、斜里市街地南二条通西二丁目、斜里市街予定地南三条通東一丁目、斜里市街予定地南三条通東一~二丁目、斜里市街予定地南二~三条通西一丁目、斜里市街予定地南二条通西二丁目、北二条通東三丁目、上斜里、上斜里原野、アツカンベツ、飽寒別原野、アツカンベツ原野、アツカンベツ原野基線、アツカンベツ原野基線甲、アツカンベツ原野東四・七~一〇線、アツカンベツ原野西三~五線、タンネウシ、タンナウシ、ウライコルエサン、バナ、ポンラル、ウエンベツ、ヘトル、ホンセライフ、ポロトマリ、越川、川上 | ||
| 大字朱円村字 | 朱円、シマトカリ、朱円市街地、朱円市街地本通、朱円市街地六條通、朱円市街地四条通一丁目、東朱円、チプトマリ、知布泊原野、アツカンベツ、飽寒別原野、アツカンベツ原野、アツカンベツ原野基線、飽寒別原野東一線、アツカンベツ原野東一~二・四・八~九線、アツカンベツ原野東一線東二線、ポロトマリ、ホロトマリ、ボントマリ、赤上、アカカミ、斜里原野、ヲライナコタン、イクシナイト、ヌカマツプ、カモイベツ、越川、ウナベツ、、イクシナイト、ポインクシナベツ | ||
| 大字上斜里村字 | 斜里、斜里原野、上斜里 | ||
| 大字遠音別村字 | 遠音別、ウトロ、ウトロツクシ、幌別、ホロベツ、チャシコツ、チャシコツ原野、ウトロツクス、ベンザエヌカ、知布泊原野、オタモイ、オチカバケ、岩宇別、イワウベツ原野、オキッチウシ、知床岬 | ||
| 新たに画する町・字 | 区域(旧大字:斜里郡斜里町大字) | 区域(旧小字) | |
| 本町 | 斜里村 | 斜里、シヤリ、斜里原野、斜里市街、斜里市街北一条通東三丁目、斜里市街地、斜里市街地大通東一~四丁目、斜里市街地大通西一~二丁目、斜里市街地大通北一条東一丁目、斜里市街地大通北二条西一丁目、斜里市街地北一条東一・四丁目、斜里市街地北二条東一・四丁目、斜里市街地北一条西一~二丁目、斜里市街地北二条西一~二丁目、斜里市街地南三条東二丁目、斜里市街地南一条東三丁目、斜里市街地南二条西一~二丁目、斜里市街地南一条西二丁目、斜里市街地北一条通東一~三丁目、斜里市街地北二条通東一~二丁目、斜里市街地北一条通西一~二丁目、斜里市街地南一~三条通東一~二丁目、斜里市街地南一~二条通東三丁目、斜里市街地南一条通東四丁目、斜里市街地南一・三条通西一丁目、斜里市街予定地大通西一~二丁目、斜里市街予定地北一条東一丁目、斜里市街予定地北一条西一~二丁目、斜里市街予定地北二条西二丁目、斜里市街予定地南一条東一丁目、斜里市街予定地南一条西一~二丁目、斜里市街予定地北一条通東二丁目、斜里市街予定地北一条通西一丁目、斜里市街地南二条通西二丁目、斜里市街予定地南三条通東一丁目、斜里市街予定地南三条通東一~二丁目、斜里市街予定地南二~三条通西一丁目、斜里市街予定地南二条通西二丁目、北二条通東三丁目、バナ、ポンラル | |
| 港町 | 斜里、シヤリ、斜里原野、斜里原野東一線、斜里市街地、バナ、ウエンベツ、ヘトル | ||
| 朝日町 | 斜里原野 | ||
| 文光町 | 斜里、シヤリ、斜里原野、斜里原野東一線、斜里市街地南三条西一丁目、バナ、ホンセライフ | ||
| 上斜里村 | 斜里 | ||
| 日の出 | 斜里村 | ポロトマリ | |
| 朱円村 | 東朱円、チプトマリ、知布泊原野、ヲライナコタン、イクシナイト、飽寒別原野、アツカンベツ原野、ポロトマリ、ホロトマリ、ボントマリ | ||
| 峰浜 | 斜里村 | アツカンベツ原野、アツカンベツ原野東七~一〇線 | |
| 朱円村 | 朱円、シマトカリ、朱円市街地、朱円市街地本通、朱円市街地六條通、朱円市街地四条通一丁目、東朱円、ヌカマツプ、アツカンベツ、飽寒別原野、アツカンベツ原野、アツカンベツ原野東八~九線、カモイベツ、ウナベツ、知布泊原野 | ||
| 朱円東 | 斜里村 | アツカンベツ原野 | |
| 朱円村 | 朱円、東朱円、アツカンベツ、飽寒別原野、アツカンベツ原野 | ||
| 朱円 | 斜里村 | 飽寒別原野、アツカンベツ原野、アツカンベツ原野東四線 | |
| 朱円村 | 朱円、アツカンベツ、飽寒別原野、アツカンベツ原野、アツカンベツ原野東二・四線、アツカンベツ原野東一線東二線 | ||
| 朱円西 | 斜里村 | オクシベツルヱサン、ヲライコロルエサン、アツカンベツ、飽寒別原野、アツカンベツ原野、アツカンベツ原野基線、アツカンベツ原野東一~二線、赤上、アカカミ | |
| 朱円村 | 飽寒別原野、アツカンベツ原野、飽寒別原野東一線、アツカンベツ原野東二線、アツカンベツ東一線東二線 | ||
| 越川 | 斜里村 | 飽寒別原野、アツカンベツ原野、アツカンベツ原野基線 | |
| 朱円村 | 越川、東朱円、アツカンベツ、飽寒別原野、アツカンベツ原野、イクシナイト、ポインクシナベツ | ||
| 富士 | 斜里村 | 斜里、アツカンベツ、飽寒別原野、アツカンベツ原野、越川 | |
| 朱円村 | 飽寒別原野、アツカンベツ原野、ポインクシナベツ | ||
| 以久科北 | 斜里村 | 斜里原野、タンネウシ、タンナウシ、ウライコルエサン、アツカンベツ、アツカンベツ原野、アツカンベツ原野基線、アツカンベツ原野基線甲 | |
| 朱円村 | (小字なし) | ||
| 以久科南 | 斜里村 | 斜里、シヤリ、飽寒別原野、アツカンベツ原野、アツカンベツ原野西三~五線、飽寒別原野西五線 | |
| 朱円村 | 斜里原野、飽寒別原野、アツカンベツ原野 | ||
| 豊倉 | 斜里村 | 斜里、斜里原野、上斜里原野、アツカンベツ原野 | |
| 中斜里 | 斜里、斜里原野、上斜里原野 | ||
| 三井 | 斜里、斜里原野、アツカンベツ、飽寒別原野、アツカンベツ原野 | ||
| 豊里 | 斜里、アツカンベツ原野 | ||
| 来運 | 斜里、斜里原野、アツカンベツ原野 | ||
| 美咲 | 斜里、斜里原野、上斜里原野、飽寒別原野、アツカンベツ原野 | ||
| 川上 | 川上、斜里、斜里原野、上斜里原野、アツカンベツ原野 | ||
| 上斜里村 | 斜里原野 | ||
| 大栄 | 斜里村 | 上斜里、上斜里原野 | |
| 上斜里村 | 上斜里原野 | ||
これにより大字斜里村・大字朱円村は廃止となったが大字遠音別村は存続した。しかし遠音別村内のウトロ地区ではその後の字名改正で新しく町名が設置されたほか、市街地では更なる字名改正が行われた[14]。なお大字遠音別村は現在もウトロ地区以外の地域で存続している。
またこのほかに本町は朝日町・港町の一部を、朝日町は本町・以久科北の一部を編入したほか、従来「本町」は「もとまち」という読み方であったが「ほんまち」に改称された。
以下は登記上において現在も存続している大字遠音別村域の地名および現在の地名である。
| 現在の地名 | |
|---|---|
| 大字遠音別村字 | 岩宇別、イワウベツ原野、オキッチウシ、知床岬 |
| 港町、本町、文光町、朝日町、日の出、峰浜、朱円東、朱円、朱円西、越川、富士、以久科北、以久科南、豊倉、三井、中斜里、豊里、来運、川上、美咲、大栄、ウトロ西、ウトロ高原、ウトロ香川、ウトロ東、ウトロ中島、港西町、前浜町、西町、新光町、青葉町、光陽町 | |
歴史
「町のあゆみ」参照[15]
- 縄文時代:ストーンサークルがみられる。
- 1635年(寛永12年):松前藩家臣村上掃部左衛門広儀が島内を巡行し、斜里に来る。
- 1790年(寛政2年):村山伝兵衛が斜里場所運上屋差配人となる。
- 1796年(寛政8年):斜里神社創建。
- 1807年(文化4年):蝦夷地全島が江戸幕府直轄となる。「津軽藩士殉難事件」発生。
- 1808年(文化5年):柏屋喜兵衛(後の藤野)他が共同で宗谷・斜里場所の請負となる。
- 1815年(文化12年):宗谷・斜里場所が藤野喜兵衛の単独請負となる。
- 1869年(明治2年):蝦夷地を北海道と改め、11国86郡を定める。北見国斜里郡となる。
- 1872年(明治5年):斜里郡が根室支庁管轄となる。斜里郡の村名が定められシャリ村、シマトカリ村、ヲネベツ村、ヤンベツ村、アヲシマイ村の5ヵ村誕生。
- 1875年(明治8年):村名が漢字の斜里村・朱円村(しゅまとかり)、遠音別村(おんねべつ)、止別村(やむべつ)、蒼瑁村(あおしまい)となる。
- 1878年(明治11年):斜里村役場設置。
- 1879年(明治12年):斜里村外四ヵ村戸長役場設置。
- 1885年(明治18年):越川山道を開削し、根室と斜里を結ぶ。
- 1888年(明治21年):網走警察署斜里分署(現在の斜里警察署)設置。
- 1889年(明治22年):知床硫黄山噴火(1890年にも噴火)。
- 1894年(明治27年):越川に駅逓所開設。
- 1901年(明治34年):斜里に初めて定期船が寄港。
- 1913年(大正2年):三井農場が北海道外の府県から移民を入れ、未開地3,000町歩の開墾に着手。
- 1915年(大正4年):二級町村制施行。斜里、朱円、遠音別、止別、蒼瑁の5ヵ村を合併して斜里村と改称。
- 1919年(大正8年):小清水村(現在の小清水町)分村。
- 1925年(大正14年):釧網線(現在の釧網本線)網走駅—斜里駅間開通。
- 1929年(昭和4年):釧網線斜里駅—札鶴駅間開通(1931年釧網線全線開通)。
- 1932年(昭和7年):殖民軌道斜里—チプドマリ間開通。
- 1939年(昭和14年):町制施行し、斜里町となる。
- 1941年(昭和16年):斜里実科高等女学校(後の北海道斜里高等学校)開校。
- 1943年(昭和18年):上斜里村(現在の清里町)分村。
- 1945年(昭和20年)6月22日:アメリカ海軍潜水艦バーブによる艦砲射撃。斜里町中心部から約4800m沖合よりロケット弾12発を発射。しかし火災は発生しなかった[16][17][18]。
- 1951年(昭和26年):宇登呂漁港が「第4種漁港」指定[19]。
- 1954年(昭和29年):網走市から弟子屈町に向かう昭和天皇、香淳皇后のお召し列車が斜里駅に停車。駅前奉迎が行われた[20]。
- 1957年(昭和32年):国鉄根北線斜里駅—越川駅間開通(1970年廃止)。道道ウトロ斜里線改修工事完成。
- 1961年(昭和36年):斜里町立国民健康保険病院開院。斜里大橋完成。
- 1963年(昭和38年):知床岬灯台完成。
- 1964年(昭和39年):「知床国立公園」指定。
- 1968年(昭和43年):斜里町総合庁舎完成。
- 1969年(昭和44年):知床林道整備。
- 1970年(昭和45年):斜里町立図書館開館。
- 1972年(昭和47年):「斜里町自然保護条例」制定。
- 1973年(昭和48年):沖縄県八重山郡竹富町と姉妹町盟約。ウトロ香川台地に温泉湧出。
- 1975年(昭和50年):道道知床公園線が国道(国道334号)昇格。
- 1977年(昭和52年):「しれとこ100平方メートル運動」始まる[21]。
- 1978年(昭和53年):「斜里町100年・町制40年記念式典」開催。知床博物館開館。
- 1980年(昭和50年):知床横断道路(知床峠)開通。「斜里岳道立自然公園」指定。「しれとこ産業まつり」初開催。
- 1981年(昭和56年):斜里町立豊里小学校閉校。
- 1982年(昭和57年):国の鳥獣保護区指定。
- 1983年(昭和58年):青森県弘前市と友好都市盟約。「しれとこ斜里ねぷた」初開催。
- 1987年(昭和62年):斜里町立富士小学校閉校。「知床ファンタジア」初開催。
- 1988年(昭和63年):知床自然センターオープン。
- 1990年(平成2年):林野庁が知床国立公園を森林生態系保護地域に指定。
- 1993年(平成5年):姉妹町友好都市交流記念館開館。
- 1998年(平成10年):斜里町公民館「ゆめホール知床」オープン。斜里駅が知床斜里駅へ改称。
- 1999年(平成11年):知床国立公園カムイワッカ地区のマイカー規制開始。総合保健福祉センター ぽると21オープン。
- 2005年(平成17年):知床がユネスコ(国際連合教育科学文化機関)世界自然遺産に登録。
- 2006年(平成18年):ごみ処理有料化スタート。宇登呂漁港がウトロ漁港と名称変更[19]。
- 2007年(平成19年):道の駅うとろ・シリエトク、道の駅しゃりオープン。知床斜里駅リニューアル。
- 2009年(平成21年):斜里町と羅臼町、標津町、清里町が「知床観光圏」に認定[22]。
- 2014年(平成26年):斜里町立峰浜小学校閉校。
- 2016年(平成28年):ウトロ漁港第2港区(ペレケ地区)新埠頭等供用開始[23]。
- 2022年(令和4年):知床遊覧船沈没事故が発生。斜里町はウトロ支所に合同による現地対策本部を設ける便宜を図った[24]ほか、町有施設を犠牲者の遺体安置所として提供した[25]。
姉妹町・友好都市
行政
役場
- 斜里町役場
- ウトロ支所
町長
- 山内浩彰[26]
しれとこ100平方メートル運動

1977年(昭和52年)から日本国内初のナショナルトラスト運動「しれとこ100平方メートル運動」が始まった。これは、藤谷豊町長(当時)主導により、乱開発の懸念があった開拓跡地の買い取りに必要な寄付を募った活動である。知床半島の開発は1914年(大正3年)の幌別・岩尾別地区の農業開拓に始まり[27]、1925年(大正14年)には一時ほとんどが撤退するも1938年(昭和13年)に再開、1949年(昭和24年)の国家プロジェクトもあって入地者が増加した[27](「戦後開拓」も参照)。開墾を進めていく中で畑として使用できる面積が少ないことなどの地理的条件から開拓計画も見直しを迫られた。この2地区には集団入植が3度行われ、ピーク時に60世帯が暮らしたが、営農条件の厳しさから離農が相次いだ[21]。
1964年(昭和39年)に知床国立公園指定を受けると、知床の原生的な自然が評価されるようになり、『知床旅情』のヒットもあって観光客が激増。それに伴い、観光開発や原野商法の対象として着目されるようになっていた[21]。国立公園指定後、行政は手当や転職斡旋等によって離農を勧め[27]、1973年(昭和48年)まで営農していた入植者を最後に開拓の歴史に幕を閉じた。一方で、北海道内外の不動産業者による土地買い取りの手が伸びており、国立公園内とはいえ保護規制が比較的緩い地域の土地開発が行われて自然が損なわれる可能性があったため、斜里町は農地所有者に対して土地を売るという方針転換をした[27]。また、土地を守り抜いた開拓離農者からは町議会に対して一括で土地を買い上げるよう嘆願。国や北海道による買い上げが不可能な状況などから、町の独自事業として開拓跡地の保全に努めることにした。藤谷町長はイギリスのナショナル・トラストによる活動に注目し、知床流のナショナル・トラストに向けた行動を始めた。
「しれとこ100平方メートル運動」は860ヘクタールを対象とし、1口8,000円で日本全国から寄付金を募って順次土地を買い占めていった[27]。1982年(昭和57年)には運動開始5周年を記念して、日本国内初となるナショナル・トラストを考えるシンポジウムが知床で開催。自治体が進めるトラスト運動として国際的にも注目を集めた。1986年(昭和61年)には林野庁が「国有林大量伐採計画」を立ち上げると全国的な反対運動が起こり、1987年には一部のトラスト対象隣接地で伐採が一部強行されたが[21]、その後に伐採計画は中止となった[27]。1997年(平成9年)には募金目標をほぼ達成し、新たに原生林回復・生物相復活を目標とする「100平方メートル運動の森・トラスト」運動を展開[27]。100年先を目指す長期全体目標、20年毎に定める中期目標、運動地内を5区画に区分して5年で一巡する5年回帰作業計画の3段階の計画に従って作業を進めている。新旧トラスト運動への寄付は個人・団体含めて約6万8000件、9億円以上に達した[21]。なお、2010年(平成22年)11月9日の正式契約を以って最後に残っていた土地を取得が完了した[27]。開拓地であった歴史を後世に伝えるため、一部の廃屋を残しながら生物相の回復が進められているが、エゾシカによる植生食害が問題になっている[21]。
平成の大合併に伴う動き
平成の大合併により斜里町でも周辺市町村との合併を模索し、2002年(平成14年)に網走市を含む9市町村で研究会を設置するも断念[28]。その後、斜里郡3町(清里町と小清水町)での合併を検討した。結果、清里町と小清水町が合併に慎重な姿勢を示したため、実現しなかった[28]。また、知床半島を共有している隣町の羅臼町も隣接する標津町、中標津町、別海町との合併を模索するも標津町と別海町が離脱し、中標津町との飛び地合併と市制施行を検討していた[28]。新市名を募集したところ「知床」や「しれとこ」の名がつく名前が上位を占め、「新知床市」「東知床市」「南知床市」の中から最終的に「東知床市」を選び、新市役所を中標津町役場とすることも合意していた[28]。
こうした動きに斜里町は新市名に「知床」を入れることに異議を申し立てて騒動となったが[28]、午来昌(ごらい・さかえ[21])町長(当時)の「自治体名にこだわらず、知床を守ることを全国にアピールすることが大切」との提案により臨時町議会で『知床を守り育てるまち宣言』を全会一致で可決し、「知床市」問題の決着を図った[29]。結局、中標津町の住民投票により合併に対する反対票が半数を超えたため両町による協議会は解散することになり、合併は実現しなかった[28]。
議会
- 議員定数13人[30]
- 定例会(年4回)
- 委員会
- 常任委員会(総務文教、産業厚生、議会広報)
- 議会運営委員会
官公署
公共施設
- ゆめホール知床
- 斜里町立図書館
- 知床博物館・姉妹町友好都市交流記念館
- 斜里町総合保健福祉センター ぽると21
- 斜里町老人福祉センター ふれあいの家
- 斜里町高齢者生活福祉センター あおばの家
公共機関
教育機関
高等学校
中学校
- 斜里町立斜里中学校
小学校
- 斜里町立斜里小学校
- 斜里町立朝日小学校
義務教育学校
保育園
- 双葉保育園
- はまなす保育園
- 中斜里保育所
- 以久科保育所
- 朱円保育所
- ウトロ保育所
幼稚園
- 大谷幼稚園
学校教育以外の施設
- 斜里自動車学校
経済・産業

農業はジャガイモ(馬鈴薯)、テンサイ、小麦が主要3作物として作付している[33]。漁業は主体であるサケ・マスの定置網漁業が、日本国内有数の漁獲量を有している。
観光に関して知床が脚光を浴びるようになったのは、1958年(昭和33年)の斜里—ウトロ間道路の開通とされている[34]。以後、映画のロケーション撮影や1962年(昭和37年)の定期観光船就航、1964年(昭和39年)の知床国立公園指定、1971年(昭和46年)の『知床旅情』の大ヒットなどにより「知床ブーム」が起こり、ウトロが観光地として飛躍した[34]。1980年(昭和55年)に知床横断道路が開通し、1981年(昭和56年)の観光客入込数が100万人を突破[34]した。
2000年(平成12年)頃から自然案内をするガイド事業者が現れ、エコツーリズムの考えのもと景勝地観光とは違った魅力を全国に先駆けて実践した[34]。2005年(平成17年)には知床が世界自然遺産に登録。2007年(平成19年)に道の駅うとろ・シリエトク、道の駅しゃりがオープン。2011年(平成23年)に知床五湖の高架木道が完成した[34]。
立地企業
- ホクレン農業協同組合連合会(ホクレン)
- 丸中しれとこ食品
- ハッピーフーズ
- マルヒ水産
- プレジール
- サンエイ工業
- 斜里バス
- 丸市斜里魚菜卸売市場
- EZOX
- 東京美装北海道
- 知床グランドホテル
- 知床第一ホテル
- ルートイングランティア知床 斜里駅前
組合
スーパーマーケット
金融機関
- 北洋銀行斜里支店
- 北海道銀行斜里支店
- 網走信用金庫斜里支店
- JAバンク北海道(北海道信用農業協同組合連合会)JAしれとこ斜里本所
- JFマリンバンク北海道(北海道信用漁業協同組合連合会)ウトロ、斜里第一
郵便局
宅配便
交通


鉄道
バス
網走バスが運行していた網走市方面への一般路線バスは2018年(平成30年)6月1日付で廃止となり同日より斜里バスが運行する[39][40]。
タクシー
- 斜里タクシー
- ウトロ観光ハイヤー
道路
町内を通る幹線道路は、シーニックバイウェイの「東オホーツクシーニックバイウェイ」になっている[41]。また、国道244号と国道334号を軸にその前後に続く道路は、直線区間が長く眺める場所の高さと越えていく丘の視覚効果により奥行き感のある直線道路の展望が人気の観光スポットにもなっている[42]。
観光船
2022年4月23日に運航会社「知床遊覧船」が運行するKAZU Ⅰが沈没する知床遊覧船沈没事故が発生し、同年6月16日に運航会社「知床遊覧船」は旅客不定期航路事業の許可を取り消された[44]。この事故を受けて小型観光船の事業者3社でつくる「知床小型観光船協議会」は、運航判断を複数社で協議すること、単独運航しないこと、浸水を感知するシステムの導入などをルール化した[45]。
世界遺産・文化財
観光地・レジャー・祭事・催事
- 知床五湖フィールドハウス(2011年7月)
- 知床五湖の高架木道(2014年8月)
- カムイワッカ湯の滝(2011年9月)
- フレペの滝(2014年8月)
- オシンコシンの滝(2009年8月)
- 知床峠(2009年8月)
- プユニ岬(2014年8月)
- オロンコ岩(2011年9月)
- 夕陽台からの眺望(2014年8月)
- 知床自然センター(2011年7月)
- 知床世界遺産センター(2011年9月)
- 国設知床野営場(2014年8月)
- ウナベツスキー場(2013年4月)
- 通称「天に続く道」(2012年9月)
祭事・催事
- 知床ファンタジア(2月上旬から3月中旬)
- 知床雪壁ウォーク(4月)
- 羅臼岳山開き(7月上旬)
- しれとこ斜里ねぷた(7月下旬)
- しれとこ産業まつり(9月下旬)
斜里町がロケ地(舞台)となった作品
人物
町民憲章・宣言
斜里町町民憲章
わたくしたちは、秀峰斜里岳を仰ぎ雄大なオホーツクと知床の自然にはぐくまれた斜里の町民です。
わたくしたちは、先人が未開の地にいどんだ開拓の魂をうけつぎ、みんなで手をたずさえ産業の発展と平和で明るい豊かなまちを築くため責任と誇りをもってこの町民憲章を定めます。
— 昭和43年9月17日制定[53]
- 1 元気で働き、みんなで豊かなまちをつくりましょう
- 1 きまりを守り、みんなで明るいまちをつくりましょう
- 1 親切をつくし、みんなで平和なまちをつくりましょう
- 1 自然を愛しみんなで美しいまちをつくりましょう
- 1 文化を高めみんなで楽しいまちをつくりましょう
宣言



