東海建設

From Wikipedia, the free encyclopedia

東海建設(とうかいけんせつ)は、かつて東京都新宿区に存在した日本の企業[1]

東海大学が大株主となり1962年に設立[1]。その後、大成建設の出資を受けて事業を拡大した[1]

1993年には金メダリスト(1964年東京五輪柔道)の猪熊功が社長に就任したが、折からのバブル崩壊に伴い経営が悪化。猪熊は経営責任を取る形で、2001年9月28日社長室において自刃死を遂げた[2][3] 。同年10月12日、東京地方裁判所から破産宣告を受けた[1]。負債額は243億円であった[4]

関連会社の東海不動産管理も同時に自己破産の申し立てを行った[5]。また、石狩郡当別町のゴルフ場「石狩平原カントリークラブ」や、「石狩平原スキー場」の運営を行っていた東海スポーツ振興も2002年1月29日、破産宣告を受けた[6]東海興業とは無関係。

脚注

関連書籍

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI