東窟寺
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大化年間に法道仙人によって開かれたとされ、五台山の山号の由来は、寺のある山に五大岩と呼ばれ、篠山市文化財指定にもなっている五つの大岩があることから、中国の五台山にちなんで名付けられたと伝えられる。歴代篠山城主の祈願所ともなっていた。永禄年間には山中に四十九院七堂伽藍を持っていたが、天正7年、明智光秀の兵火より、すべて焼失した。この際、本尊の十一面観世音菩薩(現在は秘仏)、脇侍の不動明王、毘沙門天王、薬師如来は無事であったと伝えられ、現在も毘沙門堂には毘沙門天王、恵比寿堂には恵比寿が祀られている。江戸時代には藩主松平家や篠山城主らによって再興をはたし、歴代城主祈願所として栄えた。近年は東窟寺霊園を併設し、「永代供養墓」経営など無縁社会時代をにらみ墓苑経営にも注力する[1]。
岩谷観音
植生
年中行事
- 2月11日 大般若会(祈願祭)
東窟寺 Gallery
- 東窟寺延命観音菩薩と岩屋観音参道
- 岩屋観音参道入り口に立つ石仏
- 山腹にある岩屋観音お堂