杵村久蔵
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鳥取県米子市立町の農家に生まれた。父梅蔵は糺山のあたりで百姓をしていたという。
米子中学(現在の米子東高校)を経て、1913年(大正2年)5月、陸軍士官学校(25期)を卒業。同年12月、歩兵少尉に任官。さらに中尉のとき、陸軍大学校(32期)に入校。同校を優等で卒業、恩賜の軍刀組であった[1]。アメリカ駐在を経験している。
少壮気鋭の尉官時代、皇族李王家の御付武官をつとめた。1936年(昭和11年)8月、歩兵大佐に昇進し、朝鮮軍隷下第20師団参謀長に任命される。
1937年(昭和12年)7月、日中戦争が勃発すると中国に派遣され、翌年の1938年(昭和13年)8月、山西省でチフスにかかって戦病死し陸軍少将に進級した。