松会三四郎

From Wikipedia, the free encyclopedia

松会 三四郎まつえ さんしろう、生没年不詳江戸時代地本問屋である。江戸最古の版元といわれる。

正本屋、草紙屋と号す[1]。村田氏。江戸出版業の初期(17世紀半ば)から享保年間(1716~36)かそれ以降の百数十年間にわたり約200点を刊行した江戸の有力書肆[2][3]元禄期には江戸の長谷川町横町[1][4]、後に通油町で営業しており[1][4]、江戸最古の書肆のひとつである松会市郎兵衛の後嗣と思われる[2]貞享ころから松会三四郎の代にかわる。慶安から享保期に江戸に45軒あった御書物所(幕府お抱えの書物方御用書肆)のうちの1軒でもあった[5]。元禄までに200点に上る典籍を開版している[2]。この版元の刊行物は「松会本」と呼ばれており著名である。

『江戸図鑑綱目』には「地本屋長谷川町の松会三四郎板錦絵の始」とあると『日本出版文化史』で著者の小林善八は述べている[6]三四郎は菱川師宣絵本を出版したことで著名であり[3]、貞享4年の『江戸鹿乃子』には浄瑠璃本屋[7][1]、元禄5年の『万買物調方記』には浄瑠璃草紙屋[8][1]、元禄11年の『元禄十一年武鑑』には御書物所の御書物師として載っている[9][1]。『和国三女』などにみられる「松会朔旦」の「朔旦」とは三四郎の号かとされる。

出版作品

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI