文政4年(1821年)、石見国浜田藩主・松平康任の三男として誕生した。康任は天保6年(1835年)に隠居させられ、跡を継いだ康圭の同母兄・康爵は翌年に棚倉へ移封となっている。嘉永4年12月28日(1852年)、康圭は康爵の養子となる。嘉永6年12月23日(1854年)、13代将軍・徳川家定に拝謁する。同年12月28日、従五位下・左近将監に叙任する。嘉永7年(1854年)9月16日、康爵の隠居に伴い家督を継ぐ。藩政においては、文化事業に尽力している。
文久2年(1862年)8月22日に死去した。享年42。跡を長男の康泰が継いだ。