宝暦10年(1760年)8月12日に松平方政の長男として生まれる。明和5年(1768年)6月6日に祖父松平正方が死去し、9月6日に嫡孫承祖する(父は病により廃嫡となっていたため)。安永6年(1777年)12月21日、初めて将軍徳川家治に拝謁する。安永8年(1779年)5月18日から天明2年(1782年)5月17日まで小石川口門番を勤める。天明3年(1783年)1月11日に使番となり、12月18日に布衣の着用を許される。天明5年(1785年)8月23日、火事場見廻を兼ねる。天明6年(1786年)5月4日、小普請組支配となる。天明8年(1788年)8月16日、将軍の意に沿わないことがあったとして罷免される。寛政2年(1790年)3月4日に死去。享年31(公的には33)。子が無かったため、同族の旗本・松平正明の次男正卜が末期養子となり相続した。