弘化5年(1848年)1月19日、播磨国明石藩主・松平斉韶の七男として誕生した。安政5年(1858年)10月26日、越後糸魚川藩主だった松平直廉(松平茂昭)が本家の越前国福井藩を継ぐこととなったため、既に隠居していた第6代藩主・松平直春(直廉の父)の婿養子として糸魚川藩に迎えられて、跡を継ぐこととなった。
しかし若年のため、藩政は直春によって行われ、直静にはあまり表立った行動はなかった。文久2年(1862年)12月に叙任され、明治元年(1868年)に糸魚川藩を清崎藩と改称している。明治2年(1869年)6月24日、版籍奉還により清崎藩知事となり、明治4年(1871年)7月の廃藩置県で廃藩となり、9月に東京へ移った。大正2年(1913年)12月13日に死去した。享年66。