松村正晴 From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 日本出身地 広島県生年月日 (1941-10-01) 1941年10月1日(84歳)身長体重 177 cm75 kg松村 正晴基本情報国籍 日本出身地 広島県生年月日 (1941-10-01) 1941年10月1日(84歳)身長体重 177 cm75 kg選手情報投球・打席 右投右打ポジション 内野手プロ入り 1964年初出場 1964年最終出場 1971年経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) 広島県立広島商業高等学校 駒澤大学 読売ジャイアンツ (1964 - 1967) 東映フライヤーズ (1968 - 1971) この表について この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。 ■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 松村 正晴(まつむら まさはる、1941年10月1日- )は、広島県出身の元プロ野球選手(二塁手・三塁手/右投げ右打ち)である。 広島商業高校では1年生の時、チームが1957年の夏の甲子園に優勝するが、控え内野手だった松村の出番はなし。1958年夏は県予選決勝で尾道商に延長10回サヨナラ負け。同期のエース森川卓郎を擁し、1959年春季中国大会で準々決勝に進むが、倉敷工に惜敗。同年夏も県予選で敗れ甲子園には届かなかった。 卒業後は駒澤大学へ進学。東都大学野球リーグでは、1年上のエース泉邦雄の好投もあり1962年春季リーグで駒大に初優勝をもたらす。同年の全日本大学野球選手権大会では決勝で法大に敗れ準優勝。他のチームメートに三沢今朝治がいた。リーグを代表する二塁手となり、1961年秋季リーグから4季連続でベストナインに選出される。2度目に優勝した1963年春季リーグでは最高殊勲選手に選ばれている。同年の全日本大学野球選手権大会では、決勝で慶大の渡辺泰輔に完封され準優勝。リーグ通算88試合出場、305打数79安打、打率.259、4本塁打、41打点。 1964年に読売ジャイアンツへ入団。俊足好打の内野手として期待され、同年のジュニアオールスターにも選出される。1966年にはイースタン・リーグ最多打点を記録し、一軍でも4試合に二塁手、三塁手として先発出場を果たす。しかし同年から土井正三が二塁手に定着し、その後は活躍の場がなく、1967年オフに嵯峨健四郎投手との交換トレードで東映フライヤーズに移籍。 移籍1年目の1968年6月には三塁手、八番打者に定着するが、好調を維持できずその後は失速。しかし自己最多の82試合に出場し、うち34試合に先発している。翌年は低迷するが1970年にも81試合に出場し、打率.259を記録した。1971年には出場機会が減少し、シーズン終了後に現役引退。 詳細情報 年度別打撃成績 年度球団試合打席打数得点安打二塁打三塁打本塁打塁打打点盗塁盗塁死犠打犠飛四球敬遠死球三振併殺打打率出塁率長打率OPS 1964 巨人 3220000000000000020.000.000.000.000 1966 914110000000301020030.000.154.000.154 1967 7440100010000000020.250.250.250.500 1968 東映 82153140123221242136520912243.229.285.300.585 1969 243331362021450000200120.194.242.452.694 1970 81142135133561455123201501234.259.291.407.698 1971 1431281310040000020140.107.194.143.336 通算:7年 2203793512977112811630127312014707.219.269.330.600 背番号 23 (1964年 - 1966年) 40 (1967年) 5 (1968年 - 1971年) 関連項目 広島県出身の人物一覧 駒澤大学の人物一覧 読売ジャイアンツの選手一覧 北海道日本ハムファイターズの選手一覧 Related Articles