松永俊之
フリーアナウンサー(1946-)
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来歴・人物
地方公務員の父と歌好きな母の間に生まれ、子供時代は喋るのが好きでコメディアンを将来の夢に自習時の教室や遠足のバス内で即席落語を行いクラスを沸かせていた[4]。その後埼玉県立大宮高等学校を経て國學院大學法学部に入学[4]、兄がTBSへ入社したこともあり日本テレビ等9社の面接を受け、卒業後の1969年に北海道放送(HBC)に入社[2]。入社翌年には局内のレコード室のアルバイトを務めていた女性と結婚し一女をもうける[4]。
子供向け番組やスポーツアナウンサーを担当後、1978年から1990年にかけてHBCラジオで『ラジオファミリーはい!松永俊之です』『出たとこ松ちゃん!』を担当。テレビでは、午後のワイド番組『パック2』の司会を務める。1978年から12年間担当した『ラジオファミリーはい!松永俊之です』ではリスナーから寄せられた留守番電話メッセージや手紙に丁寧に答えたことから好評を得て「奥様のアイドル」の異名を得た[2]。1976年12月、29歳のとき股関節亜脱臼と椎間板ヘルニアの診断を受け手術と9ヶ月の休養を経て復帰するも[5][2]、その後歩行には松葉杖を伴うようになりスポーツアナウンサーを断念、主婦向けの番組に専念する[2]。自身のホームページなどの自己紹介には「日本でただ一人2本の杖をつくアナウンサー」と記載している[6]。『出たとこ松ちゃん!』『パック2』の終了後は、『おはよう!松永俊之です』『ありがとう!松永俊之です』『松永俊之の土曜花盛り』などラジオの朝ワイド番組を担当。2007年4月にHBCを定年退職してフリーアナウンサーとなる[2]。2017年よりHBCラジオで『松永俊之ミュージック・コレクション』を担当[2]。自身の闘病体験から長年続けている講演活動、紙芝居ボランティア、旅行ツアー・バスツアーの企画、ガイドを行う。2019年2月に皮膚がんの手術を経て、3月に50年を区切りとして「松永俊之ミュージック・コレクション」を終了しアナウンサーを引退、福祉施設での紙芝居ボランティアに専念する[2]。