松浦幸雄 From Wikipedia, the free encyclopedia 生年月日 (1930-01-27) 1930年1月27日(96歳)出生地 群馬県高崎市出身校 早稲田大学専門部土木工学科所属政党 無所属 日本の政治家松浦 幸雄まつうら ゆきお生年月日 (1930-01-27) 1930年1月27日(96歳)出生地 群馬県高崎市出身校 早稲田大学専門部土木工学科所属政党 無所属称号 旭日重光章 群馬県高崎市長当選回数 6回在任期間 1987年5月2日 - 2011年5月1日テンプレートを表示 松浦 幸雄(まつうら ゆきお、1930年〈昭和5年〉1月27日[1][2] - )は、日本の政治家、実業家。元群馬県高崎市長(6期)。旭日重光章受章。 群馬県高崎市生まれ[1]。早稲田大学専門部土木工学科[1](現:早稲田大学創造理工学部社会環境工学科,ではない。早稲田大学はマッカーサーの学制改革による、学校の格上げを一切やっておらず、こういう偽学士及び偽学士級を称するものを早稲田学報1995年7・8月合併号で糾弾した。)を卒業。 家業の松浦食糧鉱業株式会社に入社し、1971年に代表取締役に就任[1]。 1987年、高崎市長選挙に保守系無所属として出馬し、初当選。 2003年、全国市長会副会長に就任。2007年の統一地方選挙では自由民主党・公明党の他、社会民主党の推薦を受けて6選を果たした。 2011年の統一地方選挙でも、出馬すれば最有力の候補と見られていたが、2010年12月1日、翌年の市長選で7選出馬をせず、6期24年間で高崎市長を退任する意向を表明した[3]。2012年春の叙勲で旭日重光章を受章[4]。 人物 競馬が嫌い。そのため高崎競馬場については何の再建策も示さず、廃止だけを強く主張していたと言われている[要出典]。 阪神タイガースのファンである。 2003年に全国市長会副会長に就任した他、群馬県の市長会会長も務めた。 平成の大合併では合併を積極的に推進し、高崎市に倉渕村などを合併。その後榛名町の取り込みにも成功した。 高崎市長就任後、高崎市立女子高等学校を高崎経済大学附属高等学校に移管した。 趣味は卓球とテニス、スポーツ観戦、美術鑑賞。 2011年の時点で満80歳であり、全国一高齢の市長であった。引退し、同い年の井川成正山口県下松市長にその座を譲った。 出典 1 2 3 4 あさを社 編『県政風雲録』 2巻《二十一世紀への架け橋》、あさを社、2000年1月30日、211頁。 ↑ 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、94頁。 ↑ “「日本で一番長くなった…」高崎市長7選不出馬” (日本語). 読売新聞. (2010年12月2日). https://web.archive.org/web/20101205061331/http://www.yomiuri.co.jp/election/local/news/20101202-OYT1T00416.htm 2010年12月2日閲覧。 {{cite news}}: |work=、|newspaper=引数が重複しています。 (説明)⚠ ↑ 平成24年 2012年5月1日付 官報 号外 第98号 6頁 公職 先代沼賀健次 群馬県高崎市長1987年 - 2011年 次代富岡賢治 表話編歴 高崎市長官選 矢島八郎1900.7-1909.7 生沢一太郎1909.7-1911.10 内田信保1911.11-1918.11 古木秀太郎1919.2-1921.7 土谷全次1921.9-1925.8 青木道1926.1-1930.1 金山鉄吉郎1930.3-1930.4 関根作三郎1930.5-1932.8 山浦市三1932.8-1936.8 久保田宗太郎1936.9-1946.11 公選 小島弘一1947.4-1955.5 住谷啓三郎1955.5-1971.5 沼賀健次1971.5-1987.5 松浦幸雄1987.5-2011.5.1 富岡賢治 2011.5.2- カテゴリ 典拠管理データベース 全般ISNIVIAF国立図書館日本 Related Articles