林正広

日本のプロ野球選手 (1952-) From Wikipedia, the free encyclopedia

林 正広(はやし まさひろ、1952年5月25日 - )は、和歌山県和歌山市出身の元プロ野球選手内野手)。旧名は林 正宏

国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1952-05-25) 1952年5月25日(74歳)
身長
体重
175 cm
76 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
林 正広
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 和歌山県和歌山市
生年月日 (1952-05-25) 1952年5月25日(74歳)
身長
体重
175 cm
76 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手
プロ入り 1975年 ドラフト4位
初出場 1976年6月2日
最終出場 1984年5月11日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
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来歴・人物

向陽高校では2年生の時、遊撃手として1年上のエース藪上敏夫を擁し、1969年春の選抜に出場。1回戦で三重高上西博昭に抑えられ敗退[1]。同年夏の甲子園県予選では、準決勝で箕島高島本講平に完封を喫する。翌1970年夏の県予選でも準々決勝に進出するが、新宮商に延長13回の熱戦の末に敗退、夏の甲子園には出場できなかった。

卒業後は住友金属に入社、遊撃手として都市対抗野球大会などで活躍する。1971年のドラフト会議南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)から9位指名されるが、これを拒否しチームに残留。1975年社会人野球日本選手権では三番打者として準決勝に進むが、鐘淵化学宮田典計に完封を喫する[2]。この大会では優秀選手賞を獲得。

1975年のドラフト会議近鉄バファローズから4位指名され入団。

1980年には主に二塁手として40試合に起用され、うち12試合に先発出場を果たす。同年の日本シリーズにも代打として起用されたが、3打数0安打2三振に終わる。その後は出場機会が減り、1985年限りで引退した。

詳細情報

年度別打撃成績

さらに見る 年 度, 球団 ...
















































O
P
S
1976 近鉄 19873100010010000120.143.250.143.393
1977 6111000000010000010.000.000.000.000
1979 4110000000000000010.000.000.000.000
1980 40625214132022194300100090.250.371.404.775
1983 1315132200152110020030.154.267.385.651
1984 2111000000100000000.000.000.000.000
通算:6年 8488752116203271166001201160.213.330.360.690
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記録

背番号

  • 52 (1976年 - 1980年、1985年)
  • 23 (1981年 - 1984年)

脚注

関連項目

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