林永甫

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役職 アドバイザー
国籍 大韓民国の旗 韓国
生年月日 (1933-09-13) 1933年9月13日
没年月日 (2026-01-23) 2026年1月23日(92歳没)
林 永甫

桜丘中学校・高等学校 (愛知県)
役職 アドバイザー
基本情報
国籍 大韓民国の旗 韓国
生年月日 (1933-09-13) 1933年9月13日
没年月日 (2026-01-23) 2026年1月23日(92歳没)
出身地 大日本帝国の旗 日本統治下朝鮮 海州

林 永甫(イム・ヨンボ、朝鮮語: 임영보1933年9月13日 - 2026年1月23日)は、大韓民国出身のバスケットボール選手、指導者。

1933年に現在の北朝鮮側にある海州市に生まれる。朝鮮戦争が始まると北朝鮮軍に徴用される。1952年に韓国軍に投降、捕虜となる。1953年6月に解放されるが職も無く、韓国軍に志願する。軍でバスケットボールチームを作ろうとしていた軍人達に、経験も無かったがチームに加えてもらう。

実業団選手を負傷で引退した後[1]、1960年代から東信化学を初めとして、韓国の多くの実業団チームを指導する。1998年、JALラビッツのヘッドコーチに就任、第4回第6回第7回Wリーグで準優勝し、2005年オールジャパンでは初優勝を遂げた。2008年、荒順一にヘッドコーチ職を譲り技術顧問に就任、2009年にチームを離れた。

2012年、東京学館新潟高等学校女子バスケットボール部のアシスタントコーチに就任[2]。2013年4月、山梨クィーンビーズのヘッドコーチに就任[3]。シーズン終了後にチームがWリーグから撤退すると同時に退任。

2014年、桜丘高等学校男子・女子バスケットボール部のアドバイザーに就任[4]

2026年1月23日老衰のため死去した[5][1]92歳没

脚注

関連項目

外部リンク

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