柳川鍋
どじょうを用いた鍋料理
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概要
歴史
ドジョウの鍋料理は、まず、文化元年(1804年)に浅草駒形で越後屋がドジョウを開かずにそのまま使った鍋料理を創始したとされ[2][3](「どぜう鍋」のうち「丸鍋」「まる」と呼ばれる)。
江戸時代の文献『守貞謾稿』は、文政(1818~30年)の初め、江戸南伝馬町3丁目にあった万屋某という店が出したものを柳川鍋の嚆矢としているが[4]、この文政年間の頃の料理は、単にドジョウを背開きにしてゴボウと一緒に調理した鍋である[2][3](「どぜう鍋」のうち「ぬき鍋」「抜き」「裂き」と呼ばれる)。
実際の定番の柳川鍋、すなわちささがき牛蒡や鶏卵を加えたアレンジは、『守貞謾稿』によれば江戸横山町新道の柳川という店の考案であった[4][5][6]。
柳川鍋の創始については、そのほか異説が存在する。
- 柳川というのはこの料理に使う土鍋のことで、九州柳川の人が豊臣秀吉の時代に朝鮮で焼き方を学び伝えたという(駒形どぜう)の説。
- 日本橋箔屋町・柳川屋であるとする説[7]
- 浅草千束村の小料理屋であるとする説[7]
- 本所の鰻屋であるとする説[7]
「柳川鍋」の名前の由来についても諸説ある。
