柿本清吉 From Wikipedia, the free encyclopedia 柿本 清吉(かきもと せいきち、1822年(文政5年[注 1]) - 没年不詳)は、新発田藩藩士、剣術家。流派は直心影流。称号は大日本武徳会精錬証。 新発田藩の堀源太左衛門に剣術を学んでいたが、後に堀とともに江戸の男谷信友に入門し、直心影流剣術を学んだ。 江戸の各道場を廻って他流試合を重ね、天才と謳われていた千葉栄次郎と立ち合った。柿本は三本先取し、一旦は心の中で栄次郎を侮ったが、改めて立ち合うと同じ技を三本返された。柿本はこの体験を一生の語り草とした。 1881年(明治14年)ごろ、警視庁撃剣世話掛に就任。 1882年(明治15年)、吹上御苑での天覧試合で得能関四郎に敗れる。 1884年(明治17年)、向ヶ岡弥生社撃剣大会で高山峰三郎に敗れる。 1901年(明治34年)[1]大日本武徳会から第6回精錬証を授与された。その後の消息は不明[1]。 脚注 注釈 ↑ 『剣道事典 技術と文化の歴史』345頁では文政11年5月。 出典 1 2 『剣道事典 技術と文化の歴史』345頁。 参考文献 中村民雄『剣道事典 技術と文化の歴史』島津書房、1994年。 戸部新十郎『明治剣客伝 日本剣豪譚』〈光文社文庫〉光文社、1996年。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles