栗原正己
From Wikipedia, the free encyclopedia
Masaki Kurihara | |
|---|---|
| 生誕 | 1959年8月16日(66歳)[1][2] |
| 出身地 |
|
| 学歴 | 武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科 卒業[3] |
| 職業 | |
| 担当楽器 | |
| 活動期間 | 1980年代 - |
| 共同作業者 | |
| 著名使用楽器 | |
栗原 正己(くりはら まさき、1959年8月16日 - )は、日本の作曲家、編曲家、ベーシスト、リコーダー奏者。
東京都西多摩郡瑞穂町出身[3]、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒[3]。後述するように多岐に亘っての音楽活動で知られるが、近年は栗コーダーカルテットでのライブや作品発表を主としている[4]。ゴーストのギタリストである栗原ミチオは弟[要出典]。
1980年代中期に編曲家兼CM作曲家としてキャリアをスタートさせ[5]、ヤマハポピュラーソングコンテスト出場曲やさねよしいさ子のデビュー・アルバムなどに携わる[6][7]。作曲家としても2008年までの間に500本以上のCM音楽を制作した[8]。
1992年冬、フランス・ブリュッヘンや吉沢実に影響を受けリコーダーを手にする[9]。翌年に共同作業を開始した音楽ユニット・ハイポジの編曲等へも取り入れ[4]、メンバーの近藤研二やサポートメンバーだった川口義之、関島岳郎と遊びでリコーダー合奏を行うようになり[9]、1994年に栗コーダーカルテットを結成。並行して1999年から2007年までDC/PRGのベースを担当した。佐藤雅彦が手掛けるドンタコスのCMやピタゴラスイッチの挿入歌ではボーカルも務めている。
CMディレクターの中島信也とは武蔵野美術大学の同級生であり、在学中にバンド「ケチャップ」のメンバーとして共に活動。卒業後数年間は3LDKで共同生活を続け、一時はそこにデビュー前の岡村靖幸も居候していた[10]。